挑戦してきたのに、なぜか今は堂々と自分を出せないあなたへ

挑戦してきたのに、なぜか今は堂々と自分を出せないあなたへ

挑戦してきたのに、今は自分を小さくしてしまうあなたへ。嫉妬も比較もヒント。感情を封じ込めず漢字切ることで、『私はこれだ』と堂々と立てる。魅力覚醒セッション。

 

 

 

 

今日は、

「あの時は気づかなかった、私の原点」

というテーマで。

 

 

 

当時はただただ楽しかっただけ。

 

 

 

 

でも今振り返ると、

 

あれが私の原点だったんじゃないか

と思う出来事がある。

 

 

それは、

オーストラリアで旅をしていた時の話。

車が壊れたことから始まった。

 

 

以前もどこかで書いたけど、

旅の途中で車が壊れてさ笑い泣き

 

 

 

たまたま出会った

日本人とイタリア人のご夫婦がやっている

ゲストハウスで暮らすことになったんだよねひらめき電球

 

 

 

そのご夫婦は、

野外フェスの設営をしている人たちで

 

「手伝いに行く?」

 

その一言で、

私は初めて

“設営側”として

フェスに参加することになった。

 

 

 

何もない場所から、つくる

日本にいる時もフェスには行ってたニヤニヤ

 

 

でもそれはいつも“お客さん側”

設営側は初めて。

 

 

大自然の中で1週間暮らしながら、

 

 

・ステージを作る

・みんなのご飯を作る

・水を汲む

・焚き火を起こす

・でっかいテントで雑魚寝する

 

 

誰かに強制されているわけじゃない。

 

みんなが“やりたいから

”自然に動いている。

 

どこかでいつも笑い声が聞こえている。

 

本当に、

ただただ楽しかった〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜虹

 

 

 

何もなかった広い土地に、

テントが立ち、柱が立ち、ステージが組まれ、

少しずつ人が集まり始める。

 

 

そして、音が鳴った瞬間。

 

 

あの“ぶち上がり感”

プロセスを通った人にしか

味わえないものだと思おうアップ

 

 

 

お客さんとして行くフェスも楽しい。

 

 

でも、

ゼロから作る側で迎えるその瞬間は、

まったく別物だった。

 

 

熱量が、違った。

 

 

私は「始まり」に燃える人メラメラメラメラ

 

 

最近、

自分の過去を棚卸ししていて気づいたんだよね。

 

 

私は、

完成されたものを見るよりも

 

始まりから関わるほうが圧倒的に燃える人なんだ、と。

 

 

ゼロからつくる側にいる時、

私の熱量は跳ね上がる。

 

 

 

あのフェス設営は、

ただの楽しい思い出じゃなかった。

私の原点だった。

 

 

 

もしかしたらあなたも

もし今、

 

 

「なんか物足りないな」

「別に不満はないけど、満たされない」

「誰かの活動を見て終わってる」

そんな感覚があるなら。

 

 

 

もしかしたら、

“見る側”に飽きているのかもしれない。

 

 

本当は、

始まりから関わりたいのかもしれない。

 

何かを始めるのは怖い。

 

 

でも、その一歩の向こうにある熱量は、

きっと想像以上メラメラ

 

 

あの時は気づかなかった。

でも今なら分かる。

 

 

あのフェス設営は、

私の原点だった。

 

 

 

読んでくれてありがとう。


 

ラジオでも話してるよ👊