所有者に成りすまして無断で土地を売買し、代金を騙し取る 「地面師」。2017年に積水ハウスなど大手住宅メーカーが巨額被害を受けた。あまりに大胆な犯罪に「なぜバレなかったのか」と当時は強く疑問に感じた。事件の背景にあったのは過信、金欲、出世欲…か。企業のリアルな姿を舞台上に映し出してきたJACROWが、企業人が泥沼にハマっていく軌跡を鮮やかに描き切った。    


 実際の地面師事件を簡潔に振り返る。管理が行き届かない空き家の急増を背景に、積水ハウスが都心一等地を70億円で購入した。まとまった土地を確保する絶好機と飛びつき、権利証など揃ってない中で売買契約に突き進んだ。5日後に身分証偽装が判明。法務局は積水の登記申請を拒否した。地面師は交渉役や書類製造役など役割分担し、巧みな話術や公証役場でも偽装を見破れない精巧な書類を使い、大手企業を手玉に取った。


 本作は積水ハウスならぬ架空の杏地ホームを舞台に描く。興味深さの一つは視点だ。「どうやって騙したのか」ではなく、「いかに騙されたか」に絞った。企業内を中心に描き、あえて地面師の姿を隠した。


 キャスト欄に役名が書かれているが、演じ手はいない。観客の目には見えないが交渉の場にいるものとして、企業側の人間のセリフのみで会話を成立させていく。姿が見えない分、不気味さは増す。地面師とはどんな人間なのか、観客は自由に想像力を膨らませられる。 


 台詞としては発せられない地面師の言葉(台本には書かれている)はごく自然だ。当たり障りのない分、相手に強い印象を残さない。犯罪者の狡猾さが透ける。会話の一方を表現せず、観客に違和感なく理解させる。作家中村ノブアキのセリフ回しにも上手さを感じた。


 登場人物は主に代表取締役会長尾田(佃典彦)社長明知(谷仲恵輔)副社長藤田(平塚直隆)専務斎藤(佐藤貴也)常務秀光(中野英樹)執行役員溝尾(星野卓誠)と森(狩野和馬)マンション事業部長村井(小平伸一郎)法務部長木下(芦原健介)の計9人。役名にも遊び心があり、しっかりとストーリーに反映されている。面白い反面、何となく先が読めてしまうリスクもある。


 戸建て事業を推す会長派(専務と森)とマンション事業を推す社長派(副社長と常務と溝尾)の権力争いが背景にある。同時に出世争いも。難攻不落の土地を何としても手に入れたい。事件の根底に欲望が渦巻く。


 しっかり身分確認しろよと突っ込みたくなるシーンもある。競合相手を意識して、売主の気に障ることは駄目だと突き跳ねる様は、傍目に見ると滑稽だ。とはいえ、巨額の富という人参を眼前にぶら下げられた人間は盲目的になってしまうのだろう。


 売り主が偽物の可能性を知ったとき、部長同士の相談、執行役員に打ち上け、常務も加わり、最終的に社長へ。次々とシーンが映り変わり、「自分では判断できない」企業人の現実を突きつけられる。上に相談したから解決するわけでもなく、悪化の一途を辿るのも皮肉だ。 


 「崖っぷちを表すために相撲を取ったり」「浮かれた気分を表すために踊り出したり」。厳粛な芝居を打ち破るように突如、主に社長が意外な行動を見せる。演じる谷仲のキャラの良さも手伝い、芝居の邪魔にならない。いいアクセントとして効いていた。


 物語の終盤に騙されたと完全に判明したとき、個々の人間の本性が顔を表す。社長の保身、それに従うしかない常務と執行役員。お金と新たな仕事は保証するから、すべて責任を被ってくれとマンション事業部長を諭す。ここからの部長の振る舞いは、この芝居の中で初めて出合った潔い男の姿だ。


 そして、意外な展開を見せるラスト。それまで積み上げてきたものが崩れ、事件の新たな側面が浮かび上がる。最後の一瞬まで目が離せない芝居だった