しばらく停滞しておりました

皆さんのブログはこまめにチェックしておりまして、それを見てなんとなーく思うことがありました。
あ、もちろん個人的な意見ですよ

JWって、規律が多いじゃないですか。
規律って、基本聖書から来てますよね。
そして、規律が何のためにあるかというと、
「その人たちを守るためにある」
のが一番だと思うんです。
聖書が全て間違いではない、と私は個人的に思っています。
それは聖書が書かれた時代に、その規律を守ると人々を守ることになる…と私は思ったからです。
うーん、難しいですね

どうしても皆さんみたいにうまく書けなさそうですが。(笑)
例えば…
血を避けるように

当時は医学が発達していない時代ですから、治療法のない病も数多くありました。
血液を媒介して感染する病、ウイルス性肝炎や性感染症、細菌感染など…
今は薬がありますが、当時は恐らく寿命を縮める要因になるでしょう。
また動物の血液も、寄生虫などたくさんですよね。
なんか、ひづめが二つに割れている動物がどうこうとか…聖書に書かれているのは、そういう命の危険から守るためですよね。
淫行、姦淫を犯してはならない

これも、一人が不特定多数の人と関係を持つことによる性感染症の広がりを避けるためだったと、私は思います。
聖書の時代では、それが直接的に命に関わるものでした。
今の時代はどうでしょう。
JWが血眼になって避けている輸血ですが…今は医学も進歩して、かなり安全になってきています。
献血のときには、抗体検査が行われます。
血液には菌を殺すため照射がされて、安全な方法で保管されます。
輸血を行う前には副反応がでないか、きちんと交差試験が行われます。
そして専門的な医師の判断のもと、厳重に管理されて輸血が行われます。
もちろん100%危険がないかっていうと違います。他人の血液が自分の身体に入るのに抵抗があるという方ももちろんいます。そういう方を否定しているわけではありません。
ただ、命の現場では何リットルの出血だとか、すぐに輸血しないと助からない場面も多々ありますよね。
まだ幼い子供だって、子供を産んだばかりの妊婦だって、おじいちゃんもおばあちゃんもみんな、軽んじていい命ではありません。
それを一宗教が、輸血をしないという信念で殺してしまっていいのでしょうか?
もちろん、避けたいと思う人は輸血をしなければいいのです。
でも。
子供が手術をして大出血!なんてときに必死に祈って輸血をして、命を助けたときに
「あなたたち親子は輸血をしてしまったので楽園には行けません。復活もできません。さようなら」
なんて、おかしいと思っています。
将来復活して楽園に行けるから今の命を諦めろなんて、私は神様がいるのならそんなこと言わないと思います。
そんな神様なんだとしたら、楽園など行かなくていいです。
私がJWを止めた理由の一つです。
淫行だって同じ、清くあるのは素晴らしいことです。
けど、それを一宗教が強制をし、
破った人はオール無視の家族とも絶縁生活、
なんてこれもまた変です。
楽園に行かせてやるから罪を犯した家族や友人は捨てろ…なんて、本当に神様が言ってるの?
そんな神様だとしたら、余計楽園になんか行きたくないです

全部逆になっている気がするのです。
命を守るために血を避ける
命を捨てても輸血を避ける
命を捨てても輸血を避ける家族や友人を守るために淫行を避ける
家族や友人から捨てられないために淫行を避ける
家族や友人から捨てられないために淫行を避ける考えれば考えるほどJWに疑問が湧いてくるのでした。ちゃんちゃん

え、今更そんなこと言ってるの?
って感じですがお許しください。
ながーくなっちゃいましたね

最後に、私はこの記事で意図的に「神様」という言葉を使ってます。
JWのせいで、エホバという神にすっかりマイナスイメージがついてしまいました。
神様って言う方が、イメージ変わりませんか?
どうですか?
私だけかな?








