少し前から病気だった

大好きな ばーちゃんが

4/30に亡くなりました。








4/16に最後に会った時

余命半年と言われてたけど



そんなに長くなくて
もう少しなんじゃないかな〜?



って、見て何となく思った。








それから

その時が来るのを覚悟してた。

…つもりだった。








うちは、死後の世界系の話好きやし




ばーちゃんが愛してやまない

じーちゃんとやっと会えるし

それって素晴らしいことだ!


と、前向きに捉えていたのに






いざ、ばーちゃんのお通夜に行くと


感情が爆発して




もう会えないってことが

信じられなくて、信じたくなくて






これは現実?

やばい。受け止めたくない

これは受け止められないかも。




って


めちゃくちゃ大きなのが
ぐわーって、押し寄せて来た。







えぐかった。



トンカチで頭殴られた程度じゃない。




大きなものに上から

ぺちゃんこに潰される感じ。









こんなにも死後の世界とか

幽霊の話とか、宇宙とか好きで

情報調べまくって




分かってたつもりなのに




本質を全然分かってなかった。










寂しすぎる。。。。






こんなにも物質的に

2度と会えないってことが

苦しくて、寂しいと思わなかった。










そして、今でもまだ寂しいです。







少しずつ落ち着いてはきてるけど

これは時間をかけていくやつだ。








まぢでさ



一緒にご飯食べに行ったり

ただ喋ったり


それが、どれほど幸せか。






『普通』の幸せさのエグさ。





もうこれなんだよ。


本間にこれなの。





もうこれだけ。









幸せはいつも、すぐそばにある。





よく言われてることは

それだけ本当の事なんやって

よーくわかった。









初めから

幸せの中で、生きてるから

凄く近くにありすぎて



きっとそこを感じることが1番難しい。







多分、みんな

それが無くなってから

気づくようになってるっぽい。








ばーちゃん、じーちゃん孝行を

後悔ない!ってくらい

いっぱいやったのに。。。






大好きすぎてまだ辛い。







ばーちゃんでこんなに辛いのに



親とか妹とか

しんとか


もう耐えられない。








そんな中でも生きてる方を

心から尊敬した。。










ばーちゃんの死から学んだことは、、、








普通の幸せのエグさ。


言葉の中では収まらないほど
これを1番感じました。









人間は無くなって
気づくようになってる。


これは想像しても、勉強しても
無くなる経験しないと分からなかった。



どれだけ後悔ないように行動しても

大好きの大きさには敵わないから
みんな寂しくなったり、悲しくなる。


それはしょーがないこと。

それだけ大切な人が居たということ。








よく言われてることはガチ。

世の中でよく言われてることは

それだけ本当やから言われるんやなって

腹から学びました。





 


人の数だけ『死』がある


当たり前やねんけど

今までよりも、もう一つ深い所で
感じれてる気がする。










『普通』をどれだけ深くで

感じることが出来るか。ゲーム





いっぱいの経験をして

『普通』を理解していくのが

人生って感じする。










ばーちゃん大好き❤




この大きな感情と気づきをありがとう。






家族と『普通のこと』を

めっちゃ大切にして生きていくね!





じーちゃんとばーちゃんみたいな

歳とっても、亡くなってからでも

愛し合ってる夫婦に、うちらもなるね!!







だから、うちが死んだら

じーちゃんと2人で絶対迎えに来てね。





また会える時が本間に楽しみやから

それまで頑張って生きます!!






それまで見守っててください。






本間に今までありがとう!!!