僕にはどうしても我慢できないことがあるのだ。

それは人前で飲食することだ。大口を開けてものを食べたり

喉をごくごく言わせて飲み物を飲む、これを人に見られるのは

格好悪い、己の中の武士道に反してしまうのだ。それが嫌で少しずつ食するという

みみっちい食べ方もしたくない、だからできれば人前で飲食はしたくないのだ。

それと僕は大勢で寝るのが嫌いだ、大部屋とか、もちろん恋人であってもだ。

寝ている無防備な姿を他人に晒したくないのである。これも格好悪いのだ。

あと、排泄だ、男子は小便器が並んでいるが、ぼくは小便でも個室を使う、

排泄している姿を見られる事は飲食と同じぐらい恥ずかしい。個人的にいつも

これらのことを思うのだ。きっと僕とおなじ考えの人は少なくないはずだと思う。

夢のお告げって信じてなかったけど、ある日どうしても気になる数字が夢の中であって、ひょっとしたら

馬券か?と思いながらも競馬なんてしたことないからほっておいたのだ、しかしどうしても気になる

そこで友人に聞いてみた、するとどうだろう、万馬券がでているのだ。その日に1万円買っていれば

100万になったというのだ。今までも気になることが多くあった。夢とはそういうものなのだ。

夢は未来を予測する、それを気づける人間と気つかない人間がいるのだ。君はどっちだ?

いい音楽が作れなくなると、環境問題や平和とかを急に言い出すミュージシャンがいるが

自分の嘘をついてはいけないのだ。苦悩するのはいいが問題をすりかえて自分の才能のなさを

ごまかしてはいけない。本当に運動してきている人たちにも、今まで信じてついてきてくれたファンにも

失礼な話なのだ。苦悩する姿にこそ美しさがある。いいところばかり見せないでそういう部分も人間的な

魅力ではないかと思う。

この世でもっとも簡単な楽器のうちのひとつがピアノだと思う

理由は、例えば歌や管楽器や弦楽器はちゃんとした音を出すまでに

鍛錬しなければならないけれど、ピアノは初めてさわっても綺麗な音が出る

こんなに簡単に美しい音が出てもいいのかとおもうぐらいだ(笑)もちろん曲を弾くまで

には練習が必要なのだが、音楽とは音が命なのだ、どれだけいい音を出すかが技術を

上回るのは管楽器や弦楽器を聴いていてもよくわかると思う、でもピアノは別なのだ

誰でも弾ける、そして初めてピアノに触る子供の方がいい音を出したりする、不思議だ

だからこそピアノに惹かれるのかもしれない。

文章というものは不確実なものである、自分の気持ちを文章にすることができる人はいったい

この世にどのくらいいるのだろうか、伝えない事が伝わらない、誤解をされてしまう、逢って話せば

なるほどと誤解が解ける場合もあるが逢える様な距離にいない場合は不信感だかがつのってしまう

文章とは恐ろしいものがある。逢ってもいないのに勝手に人物像だけが先行してしまうのだ。

僕の事はどのようにこの文章を見る人に映るのだろう・・・