1886年3月9日は札幌農学校(現北海道大学)初代教頭であるウィリアム・スミス・クラークの命日です。



日本では『クラーク博士』という呼び名で親しまれていて、『Boys, be ambitious(少年よ、大志を抱け)』と言う言葉は一度は聞いたことがあると思います。
この言葉はクラークが教えていた札幌農学校一期生との別れの際、北海道札幌郡月寒村島松でクラークが発したものとされています。
クラーク博士が言った『Boys, be ambitious』という言葉はあまりにも有名すぎて、現在ではこの後に続く言葉は当時の記録がなかったため、まちまちになっています。
『Boys, be ambitious like this old man(この老人のように、少年よ大志を抱け』と言ったのではないかとか、『Boys, be ambitious in Christ (God)(青年よ、金、利己、はかなき名声を求むるの野心を燃やすことなく、人間の本分をなすべく大望を抱け)』と述べたという説もあります。
また、『Boys, be ambitious』はクラークの創作ではなく、クラーク博士の出身地ニューイングランド地方(アメリカ合衆国北東部ボストン周辺)でよく使われていた別れの挨拶(『元気でな』的な意味)だったのではないかという説もあります。



また、クラーク博士は札幌農学校の校則についても有名な言葉があります。
この学校に規則はいらない。『Be gentleman』(紳士であれ)の一言があれば十分である
何をしていいのか、またいけないのかは自分自身で決めろというようなものです。




また、日本にカレーを広めたのはクラーク博士と言う説もあります。
当時学生にカレー以外のメニューで米飯を禁じ、パンを推進したと言われています。
しかし、当時のカレーに関する記録は1877年9月(クラーク離日後)のカレー粉3ダースの納入記録しか残されていないため、クラークの命令もあったかどうかははっきりとはされてはいません。
ただし、1881年の寮食は、パンと肉、ライスカレーが隔日で提供されていたことは確認されているそうです。
また、クラークとカレーを結び付ける文献として古いものでは、、『恵迪寮史』(1933年)があり、これによると、札幌農学校ではパン食が推進され、開学当時からカレー以外の米食が禁じられていたそうです。
また、『ライスカレー』という語はクラーク博士が作ったという説もありますが、クラーク訪日前の開拓使の公文書で、『タイスカレイ』と言う語が使われているそうなのではっきりとした説はないそうです。




クラーク博士の銅像は北海道大学にもありますが、クラーク博士の銅像と言えばさっぽろ羊ヶ丘展望台がものすごく有名だと思います。

過去の記憶を聞いてみよう
この銅像は1976年4月16日建立されたもので、坂胆道さんが彫刻したものです。

タイトルは『丘の上のクラーク』というタイトルがつけられています。

台座のところにはちゃんと彼の名言でもある『Boys be ambitious』という言葉が刻まれています。

クラーク博士は今でも札幌の人々に親しまれているわけですね

ちなみにこの写真は自分で撮ったものではありません。すみません。



よろしければお願いします。


ペタしてね


読者登録してね