「The Other Life」シリーズ「BLOOD RELATIONS」両チームの楽を観劇。
「The Other Life」シリーズとは、本公演とは違って「海外の小劇場で生まれた傑作を大人のテイストで繰り広げる」というコンセプトだそうで、
少人数で非常に濃密な舞台でした。

今回の作品は初演で100年以上前のアメリカで起きた「リッヅィーボーデン事件」をモチーフにしたもの。
ぼんやりと聞いたことはありましたが(アガサクリスティの小説にも出てきた)、名家の子女が父親と継母を惨殺した(おそらくほぼ黒だが、家柄からか無罪となった)という事件で
一応概要だけは頭に入れてから観ました。

舞台は事件から10年後、姉のエンマと2人暮らしている屋敷に友人の女優が訪問。
あの時いったい何が起きたのかということを、女優がリッヅィー、リッヅィー本人はその当時いた女中ブリジットを演じながら振り返るという劇中劇を主として描かれていました。
合間合間にリッヅィー自身女優自身へと戻り、現実と過去を交叉する様が面白かった。

自分の思い通りに生きることが許されないという閉塞感、女としての生きにくさが現在の日本にもまだ通ずるところがあり普遍的なところもあるのかもしれない。
女たちの物語を男性が演じるからこそ必要以上に生々しくならず、それでいて非常に女を感じる舞台でその塩梅が絶妙だったように思います。
また、実際は女性が記号として扱われていたが、この舞台では男性が記号化されていたように思います。
どのキャラクターもステロタイプで、脚本家のバックグランド(プログラムに記載あり)も大きいのかなと思っていましたが、
ふと気づいたのはこれはあくまでもリッヅィーの目を通した人物像なのではないかと。
アイルランド人で街の人から見下されているドクターパトリックの存在がこの戯曲でどういった位置づけなのかとひっかかっていました。
必要以上に道化っぽく演じている芳樹さんを観てすごくひっかかるものがあったのですが、これはリッヅィーがそのように観ているからなのでは?と。
そう思うと、ハリーがただただ狡猾、父親は横暴だけど私(リッヅィー)を本当は愛している、そしてドクターは道化。

で、両チームの違いですが、女優の違いがいちばん大きかったように思います。
久保くんの女優は起こったことを忠実に再現、松本さんの女優は女優自身の色と想いがにじみ出ていた。
前者チームは事件そのものを、後者チームはあくまでも劇中劇を描いていたという印象をうけました。
わかりやすいといえば前者ですが、緊迫した不穏な空気は後者の方がより感じました。
「女優」のバックグランドは描かれていなかったが、彼女自身の人生はどうだったのか気になった。リッヅィーと共鳴できるということは女優自身も一歩違えばリッヅィーになっていたのかも。

初見ではリッヅィーよりもエンマについて感じ入るものがありました。
オールドミス扱いされているリッヅィーよりもはるかに年上なのに彼女の結婚については何も考えられていなくて、ただ家族のために尽くすことだけを期待されている。
リッヅィー以上に鬱屈するものがあっただろう。
意外に楢原さんよりも大村さんの方が怖かったのは、リッヅィーを操っている感が大村さんの方が強かったからかもしれない。

そしてアビゲイルについても彼女は彼女で生き抜くために「女」としてたたかってきたんだろうなと思うと切ない。
あれだけ「牛」のようだと言われるような邪悪さを見せても、リッヅィーに「洗濯物を2階に持っていて」と言われて従うところにひっかかるものがあったが、
リッヅィーの狂気に呑みこまれてきたのか、自分の身分の低さを改めて感じてしまったのか。
決して芯から悪い人ではなかったんだろうなというのが石飛さんならではなのか。でも怖かった(笑)。

リッヅィーとアビゲイルのみシングルキャストでしたが、他に思いつかない。
青木さんの抑制が効いていてところどころエキセントリック、彼の持ち味を最大に生かしていたように思います。
大千秋楽では前日以上に大熱演でした。
挨拶ではやりきったというより乗り切ったと語って、治療に専念します(首を痛めていたんですよね)とのこと。
まさしく満身創痍だったんでしょうね。

リッヅィーと女優の関係が同性愛だったのでは?というのも史実にあったようでわかって観ていたが、同性愛というより自分と共鳴できるのが同性だけだったというように思えた。
彼女にとって唯一の男性、絶対的な存在が父親だったのではと思う。
そして同性愛というより自己愛。結局は自分しか愛してなかったんじゃないかな。

あとは小道具の使い方が興味深かった。
煙草を吸う女優、同じ煙草を吸う父親。
ミルクが先か紅茶が先かというのは何を示唆しているのか。
小道具ではないが、鳩はイコールリッヅィーを象徴しているんでしょうね。
鳩の惨殺によってリッヅィーが壊れてしまった・・・。
観客に色々考えさせる余地があるのが非常に面白いです。

公演が終わったのでネタバレしますが(というか今までずっとネタバレ)、最後の「あなたよ」の絶叫は戯曲ではエンマに向かってだそうですが、
客席に向かってということはリッヅィーを追い詰めたのは世間であり、全員が共犯者だという意味だったのかな。

そういえば芳樹さんについて書いてなかった(笑)。
リッヅィーと関係があった(?)ドクターパトリックと、弁護士の2役。
曽世さんのドクターパトリックとはそういった関係だったんだろうと思えるのだが、
なんか芳樹さんのドクターパトリックは茶飲み友達のように見えるのはなんでだろう(笑)。
あの飄々としたところかな、なんせパトラッシュだもんな、ワン。
弁護士はメガネメガネひたすらかっこいい、かっこいいー。途中噛んだけど(おい)。
パトラッシュのくだりはみんな笑うのを待っているのでここかーとわかりましたよ。

千秋楽なので舞台挨拶がありました。
土曜日ソワレではいつもの雰囲気と違って呑まれたのか藤原さんが何を言おうか忘れてしまうこと多々。
「あなたも年ね」とつっこむ石飛さんと、はける時にポンポンと背中を叩く松本さんがツボ(笑)。
大千秋楽では倉本さんがこういった戯曲をうつのは興行的に難しいのでなかなかやれるところがないが、いっぱいのお客さんに来ていただいて嬉しかった、楽しかったというようなことを
おっしゃっていたのが印象的でした。
私はすごく好きなんだけどなあ、定期的にできたらいいなということで楽しみです。
初演で一から戯曲を掘り起こして作り上げる作業か楽しかったというのは楢原さんだったかな、曽世さんも似たようなことをおっしゃっていたような気がしますが。
そういった芝居を観るのは楽しいなと観る方も感じました。

いちばんうけたのは久保くん。
(自分だけが)「どーんと若手」「どーんと若手」強調がおかしかった(笑)。
いつも以上に平均年齢高かったですからね、プレッシャーもすごかったんでしょう。
そして一所懸命しゃべるたびにみんなの笑いが止まらないので「なんで笑うんですか、真面目に喋っているのに」とぷんぷんなのも可愛い。 それを受けての石飛さんの「高齢化が進むスタジオライフですが…」がおかしかった。
高齢化が進む中、お客様も頑張りましょうって確かにお客様も高齢化しているのか(笑)。次のデイジーではおじさんチームとキラキラチーム。
おじさんチーム怖いなあ、ほんまに怖いなあ(笑)。

ところでプログラムが売り切れてしまったのが残念です。
予算の関係上ギリギリしか刷ってなかったんでしょうが、他のグッズはともかくプログラムはせめて人数分くらいは用意してほしかったなと思います。
購入した方に見せていただいたのですが内容が非常に充実していたため余計に残念。

今回の劇場は初めての劇場だったのですが、近くにある純喫茶が本当に昭和でレトロで雰囲気あって良かったです。
サンドイッチもケーキもボリュームありました。2回行ってしまった(笑)。
劇場は本当にコンパクト。前列だと段差がなくて椅子の高さを調整しているため、幼稚園の椅子に座っているような感じです(笑)。
石飛さんが上京して初めて舞台に立ったのがこの劇場ということで思い出を語っていたのが印象的でした。