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初詣2日目は世界文化遺産の二条城と西国三十三所の六角堂、行願堂、六波羅蜜寺、そして建仁寺です。
二条城は徳川家康が江戸時代に築城した京都市中心部にある平城です。歴史上、二条城は江戸時代の始まりと終わりを象徴的に示す場所となりました。
家康は上洛時の宿舎として二条城の築城を決め、1603年に完成させました。三代将軍の家光が1634年に上洛し、二条城に入城して以来、幕末まで約230年間将軍の入城はありませんでした。
幕末は最後の将軍となった第15代徳川慶喜が、二の丸御殿大広間一の間で諸大名を集めて大政奉還を発布しました。
二の丸御殿
二の丸庭園
西国三十三所 第十八番 紫雲山 六角堂 頂法寺 です。
聖徳太子が創建したという寺だが、室町時代からは町衆とのかかわりが深い町堂にもされた。本堂が六角の建物なので六角堂と呼ばれ、華道家元・池坊でも知られる。昔からここが京都の真ん中といわれ、その証拠品という「へそ石」が境内に残る。
一言願い地蔵
一つだけ願いをするとそれが叶えられるそうです。
次は、 西国三十三所 第十九番 霊麀山 革堂 行願寺 です。
革堂行願寺は一千年の歴史をもつお寺です。創建当時は一条通りにありました。戦乱や火災でいくたびも焼け、場所を替えつつも、人々の熱烈な信仰によってつねに都の中心部に再建されました。現在も西国観音霊場の第十九番札所として全国に知られる名刹です。
京都七福神巡りのひとつになっています。
続いて 西国三十三所 第十七番 補陀洛山 六波羅蜜寺 です。
951年(天暦5)に悪病が蔓延したときに、空也上人が疫病平癒のため開創した西光寺に始まります。空也上人は六斎念仏の始祖でもあります。本堂も鎌倉様式を伝える遺構で地蔵菩薩立像は今昔物語にも伝えられ定朝の作と伝えられています。運慶、湛慶坐像もあり、運慶とその子、湛慶、運助の作と言われ、その他、康脇作の空上人立像、長快作の弘法大師像、閻魔王坐像、平清盛像など鎌倉時代の傑作も多くあります。境内に阿古屋塚や平清盛の石塔もあります。
現在は京都国立博物館に寄託しており、建仁寺では複製品の屏風図が展示されています。
こちらも複製品です。
平成14年に建仁寺創建800年を記念してつくられた水墨画です。
京都へ初詣に行ってきました。
世界遺産の東寺と西本願寺、そして平安神宮です。
最初は世界文化遺産である東寺です。
JR京都駅から歩いて15分ほどです。
東寺は正しくは教王護国寺といい、平安建都の際、都の南玄関、羅城門の東に作られた。後に空海が賜り、密教の根本道場とし、今に至ります。
五重塔(国宝)は、京都駅前のビルの林立する中で木造建築の美を際立たせてそびえたつ。 高さ約55メートルの日本最高の塔で、寛永21年(1644年)に、徳川家光が再建奉納したもの。
南大門
続いてこちらも世界文化遺産の西本願寺です。
ここもJR京都駅からあるいて15分ほどです。
大坂石山本願寺の顕如上人と織田信長との戦い-石山合戦-は11年続いて泥沼化し、信長に屈する形で和議が画策されました。顕如は信長との和議に応じましたが、長男の教如は、徹底抗戦を主張します。
信長の死後、後継者である豊臣秀吉は顕如の三男准如を推し、顕如に跡継ぎにさせ、現在の西本願寺のある土地を与えられました。一方、信長に最後まで反抗した教如上人は隠居させられていましたが、秀吉亡き後、権力を握った徳川家康は、教如上人に本願寺の東側の寺領を与え、この地に東本願寺が造られます。
この様にして、本願寺は東西に分かれたのですが、信長が、どの大名よりも本願寺に手を焼いた事を踏まえて、「家康がその勢力を分断する為に東西に分けた」と考えられます。
御影堂
阿弥陀堂
東本願寺にも立ち寄ってみました。
御影堂と阿弥陀堂です。西本願寺とは逆になっています。
最後は平安神宮です。地下鉄で移動しました。
平安遷都1100年を記念して、明治28年に創建された、比較的歴史は浅い神社です。
平安遷都を行った桓武天皇を祭神にしています。
午後から、西国二十五番札所・播州清水寺へ行ってきました。
清水寺は兵庫県加東市平木にある天台宗の寺院。山号は御嶽山。本尊は十一面観世音菩薩で秘仏となっている。
西国三十三観音第25番札所。西国三十三観音の第16番札所である京都市の音羽山清水寺と区別するため播州清水寺とも呼ばれる。
”日本のマチュピチュ” と呼ばれる天空の城に行ってきました。
竹田城跡は、その石垣遺構が全国でもまれな完存するものであり、虎が臥せているように見えることから「虎臥城(とらふすじょう・こがじょう)」とも呼ばれています。
秋から冬にかけてのよく晴れた早朝に朝霧が発生することがあり、但馬地方の風物詩となっています。この雲海に包まれた姿や竹田城から見下ろす風景は、まさに天空に浮かぶ城を思わせ、いつの間にか「天空の城」・「日本のマチュピチュ」とも呼ばれるようになりました。この幻想的な風景を一目見ようとたくさんの人々が訪れます。
また、平成24年に竹田城跡が「恋人の聖地」として認定を受けました。恋人の聖地にあやかろうと、若いカップルたちも多く訪れています。
午前7時過ぎに立雲峡の駐車場に到着です。駐車場はほぼ満車状態です。
ここから第一展望台まで登ります。約30分ぐらいです。
雲海はできています。
しばらくねばりましたが、これが限界です。
































































































