長文です
子供の頃
従妹のお姉さんの部屋で
『ベルサイユのばら』を
夢中で読みました。
※大人になってから自分でも買いました
漫画や、歴史の授業や
テレビの特集や
あらゆるものから情報を得た
マリー・アントワネットは
少なくとも国民から
尊敬される王妃ではなく
贅沢・無知・わがまま
国民のことを考えていない
美しかったということ以外は
悪いイメージしかない
マリーアントワネットと言えば
この有名なセリフで知られてますよね
『パンが無ければ
お菓子を食べれば
いいじゃない』
国民の事を考えず
贅沢三昧だった彼女を
揶揄して使われるセリフですが
実際には
「ルソーの本の中の言葉」であり
マリーアントワネットの
言葉ではないと
知れ渡ったのはつい最近の事
長い年月、彼女は濡れ衣を
着せられていたのだけど
彼女ならそう言ってても
おかしくないと
思われてしまうイメージ
だったんでしょうね
※フィクションです
子供の頃
ベルばらを読んで
『私がマリー・アントワネット
だったならもっと
国民のことを考えるのに』
と、思ったものです
だけど、今、思うと
間違いなく、いや
下手したらそれ以上
最悪な王女に
なるだろうと思う
母、マリア・テレジアは
「国民のことを考えろ」と
何度も言ったということだけど
皇室しか知らない
若き王女に漠然と言われても
「国民のことを考える」って何?
それって美味しいの?
状態だったのでは?
誰か、具体的に
どうしろって教えたのかなぁ?
彼女なりに考えてるつもり
だったのかもなぁって思う
国民にしたら
「ジョーダンじゃねぇよ」
だろうけど
一番悪いのは
「時代背景」かもなぁ
『ベルばら』は
現代の日本に生きる作者が
(と言っても昭和だけどね)
今の世の価値観や
感覚をもって描き
それを現代の感覚を持った
読者が読んでるので
うわー
わがまま~
贅沢~
貴族、ひどい~!
って読んじゃうけど
目の前に素敵な
ドレスを並べられて
「どれをお召しになられますか?」
と言われたら
そりゃあ、1番好きなのを
選ぶでしょう
でも
「王女様がドレス一着を
我慢なさったら
国民の若い女性100名に
新しい服を配って
上げれるのですが?」と言われたら
マリー・アントワネットは
「ぜひ、そうしてあげてください」と
言ったかもしれない
「さぁ、召し上がれ」と
出来上がったご馳走を
目の前に並べられたら
疑問も持たずに食べるでしょう
けれど
貧しい子が目の前で
「おなか減ったよう」と言ったら
マリー・アントワネットは
分け与えたんじゃないかな?
貧しい民に無関心だった
無知だった
確かにそうかもしれないけど
だったら、私は、私たちは
どれほど、自分以外の
自分と違う立場
境遇の人のことを
わかってあげてるんだろ?
政治家になったこともないのに
政治に文句ばかりの人
野球選手になったこともないのに
ミスプレーをテレビで見て
自分ならこうすると熱く語る人
たくさんいるよね
私は「夫」の立場に
なる気持ちがわからない
私は「男性」の
感覚はわからない
食事ができなかったほど
貧しい経験はない
総理大臣の苦悩はわからない
アイドルの苦悩もわからない
経験していないことは
すべて想像でしかない
私は一人っ子です
子供の頃
兄弟姉妹がいる人が
とってもうらやましかった
けれど、一人っ子ゆえに
個室が与えられ
服はいつも新品だった
もしも、そんな私を
羨ましいと思ってる人に私が
「兄弟が居るっていいなぁ」
と言っていたらそれは
「パンがないなら
お菓子を食べればいい」
みたいなことだった
んじゃないだろうか?
と、今になって思う。
私は今まで生きてきた中で
どれほどの人を
無意識に傷つけてきただろう?
誰かのためになったことも
同じ数だけあると
信じたいけれど・・・
人は、お礼は伝えても
傷ついたことは言わないで
しまい込むことが多いから
言われないと気づかないままだ
私は外を歩いてるときにふと、
何匹の虫を気づかずに
踏み潰しただろう?と
思うことがある
けれど、ほとんどの日は
何も考えずに歩いている
そういえば一度クワガタを踏んだ
あれは今でも軽いトラウマで
感覚が残っています
人は他人の気持ちは
わからないから
知らずに人を傷つける
だから、想像力が
大事なのだけど
想像も、自分の経験に
基づいた範囲でしかない…
私がマリー・アントワネットなら
ギロチンの前に
刺されたかもしれないな
知らないうちに
誰かをを傷つけながら
私は今日も生きていく
※ネットからお借りしました
「ひどい人」とされている、
歴史上の人物って
気の毒だなと思う
本当じゃないこと
山ほどあるんだろうなぁ
歴史を残した人の
主観なんだろうな
200年後には
こんなものが作られるなんて
フランス人もビックリだよね。
2021-6-10 06:35:11