小学校の通知表

必要なのだろうか


自分の子の評価を

先生という立場に任せ主観により評価してもらう制度


進学に対しての評価は必要だとは思う


小学生、通知表があることにより

成績を重視しすぎて本来の意味を

忘れることにはならないか?


本当に大切なことを


学校という社会に

初めて親から離れての登校、学習、友達関係、等から社会人になり生きて行くための術を身につける場所

自己肯定感を高めることが重要


学習に対してはまた書こうと思うけど、

親は子が頑張っていることを認め

ポジティブな思考で苦手な分野も伸ばしていく

先生と連携がとれていれば

評価が必要なのだろうか

誤解も生まれるリスクもあり

一歩間違えれば、自己肯定感を下げかねない


果たして

通知表による評価は様々なリスクを考慮した上で必ずしも必要なのだろうか



個人の主張が激しいと障害と言われ

これはこの国の特色が良くも悪くもも大いに影響しているように思う



大それた事を考えても仕方がないけど



私なりの、子供に対しての評価をしていきたい

私が今まで生きてきた周りの価値観とは

考え方を変えて育てていきたいと思う


具体的に考えていこう


備忘録として、

記録していこうと思う



この子達と過ごす時間を後悔したくはない

楽しく過ごしたい

不要なストレスはお互いにかけたくない

過度な期待プレッシャーほど苦しいものはない

子供を自分の作品のようにあつかいたくない

この子達が輝き笑顔で今必要なことをまっとうできるように全力で動きたい


そのために人の評価に過度に反応はしたくない


うまいことに

小学校とは組み立てられた世界で

日本の仕組みでできている


親くらい

この子をこの子らしく見つめても良いじゃないか照れ

息子が変わった。

 

最近、息子が変わった。

???のか??

 

彼の特性故のいろんな行動はあるが、

これからはできるだけ私と出会ってからの彼の成長を、書き留めていこうと思う。

 

 

5月15日

デイサービスから帰った息子は、一本の小さなピンク色の花を握っていた。

おかえりと声をかけると、

「まま、これあげる 綺麗だったから採ってきたきたんだ」と言った。

そんなこと初めてで驚いた。喜んで花瓶を出していると、後ろで

「昨日、母の日で何もできなかったからさ」と小さな声で言った。

 

5月20日

息子の部屋を掃除していると、机の上にノートの切れ端と鉛筆が置いてあった。

裏に文字が書かれていた。

「ままへ いつもおいしいごはんを作ってくれたり、いっしょにいろんなことをしてくれてありがとう。 ●●より」

 

 

最近、少しずつだが、私への気持ちの伝え方に変化が見られる。

 

今までは、試し行動の連発だったけれども

その方法では、伝わらないよと言い続け、4年弱?

とくにこれといった大きなきっかけがある訳ではないけれど

最近少し彼の行動が変わったような気がする。

 

今までいろいろあった。

こだわりの強さから癇癪の日々、毎日サイレンのごとく叫び声が家中に響き渡る日々

愛着障害から真夏でも汗を流しながら長袖を着続け、着替えさせようものなら全力で叫び続けられる

日中は食事・風呂を拒否し何をしても指示が入らず毎日夜食を作り、深夜まで彼の話を聴き二人で寝不足の日々

部屋で見えない誰かとの会話、キッチンでの放尿、作話虚言の連発、不登校 等々

思い出せば止まらない

 

そのたび悩み泣いて考え落ち込み苦しみ、また悩み

子育てで悩んだことは初めてだった。

今までが恵まれていたから。幸せしかしらない状況で娘を育ててきたから。

だから尚更辛かった。

なんでこんなに悩まないといけないの?

苦しまないといけないの?この子のためにどこまで自分が振り回されたら良いの?

みんなが寝静まった後、毎日悩んで泣いた。

でも

見捨てられなかった。いつもどこかに、彼が大きくなった姿が頭にあって。

その彼は、愛情で満たされて、幸せそうな背中をしている。

彼の生きていく時間の中で、少しでも多くの愛情を与えたい。大切にしたい。

あきらめたくない。

 

娘を守るためにも、自分が元気でいないといけない。

だから自分を壊してまで頑張ることはしない。

だからとことん頼れる人を頼った。

福祉サービス、周りの人

それでも、完璧に理解してくれる人なんていない。

あいにく息子は外と家の中では別人のごとく違うらしい

なかなか福祉サービスからの家族支援は今の日本では限界があるのか

まあしいて言うなら娘が一番の理解者ね。

だけど、まだ子供の娘に背負わせることなんてできない。

 

自分を信じた。

一番自分が頑張っていることを知っているのは、自分。

自分が自分を信じる。

そして、周りを頼る。

 

周りを頼るために、人のために考え行動する。

感謝を忘れず、いつも素直な気持ちを持つ。

私の生き方を忘れない。

 

私の祖母は、いつも人のために動き、明るく無邪気な笑顔の持ち主

裏表がなく、溢れるほどの愛情を真剣に全力で注ぎ続けるような人。

裏切られても、嘘をつかれても。その姿勢はぶれることは無い。

私はそんな祖母に育てられたから、まあ少し口うるさくて、しつこい(笑)

 

まあでも

息子よ。

私の背中をみて育ちなさい。(笑)

そしてもう少しだけ

自分本位な気持ちを抑え、人の事を考え行動できるようなスキルを身につけましょう。(⌒∇⌒)(笑)

初めは自分ためで良い

自分の利益のため、人を大切にしなさい。

人を大切にし、大切にされ、愛し、愛に囲まれた生き方はきっと悪いものではないはず。

幸せになろうね。一緒に頑張ろう。

 

 

   あれからカウンセリングの資格を取得した

   私自身もまた一歩成長した

   

   子供達は私に何にも勝る幸せと成長するための壁を与えてくれる。

   そしてその全ての時間は、かけがえのない宝物。

 

 

きっとこれからもいろんなことがある。

だけど、諦めない。母は強いんだから

障害者の実験体の様に息子を扱わないでほしい。


主人から言われた。


言葉が出なかった。


息子のことを私なりに考え


試行錯誤を繰り返し


喜び悲しみ

何度も裏切られ

何度も傷つき打ちのめされても

立ち上がり


色んな方法を試した


いつも自信なんてなくて


私が息子の母親になって良かったのか


息子に何ができるのか



いつもいつも悩んでる


医師に告げられた

自閉スペクトラム症 ADHD  愛着障害


お前が息子を障害者にしたんだ


主人から言われた言葉



息子の虚言と癇癪 試し行動の連発



それでもね

勝手にね


私にできること

必死で探してた。

精一杯の愛情を与え続けること


息子を信じて愛すこと


自分のできる範囲で

自分が崩れない範囲で



外では理性で特性を隠そうとする息子

専門的知識がある人には特性がよく伝わるけど

分かってもらえないことばかり




1番側で頑張る主人には

認めてもらいたかった


まさかね


障害者の実験体の様に息子を扱わないでほしい。


なんて


あなたに言われるなんて



傷ついた。


話してる途中で

思わず部屋に逃げちゃった。



そんなふうに映ってたんだなあって


一生懸命


息子も私も無理なく

笑ってられる関わり方を

生き方を模索してきた

4年間が


主人の顔

見るのが怖くなった。


自分を否定しそうになるから


このまま諦めた方が息子にとっては

幸せなのかな

母親でいること

やめた方が幸せなのかな

とか

考えるけど


ほらまた勝手にさ

息子の事 捨てたくないなって

捨てたらいけないって


血も繋がってないのにさ


これって愛情なんかじゃなくてさ

私が息子に執着してるだけなのかな

とかも思うんだけど


愛したいと思うことさえも

間違っているのかとか

考えてしまう。


自分が自分を信じないとね。


明日になると

朝が来る

悩んだ表情を見せるなんて

時間がもったい無いからね


子育てができる時間は限られてる

いつか自立して大人になって

私の元を離れていく


一緒に過ごせる時間を

大切にして


生きていきたいな。

 

いつも不安を抱えている

 

心が疲れているんだと

いつも冷静に自分を分析する

 

私の母は、パニック障害だった

母の性格上

おいたちを考えると

なんとなく分かる

 

そして発作が起きるとパニックになる

すごく心配性で

本人も辛いとおもう

 

私が心理学に興味を持って、いろいろと勉強を始めたのは

母がきっかけなのか

自分の人生がきっかけなのか

 

よく私の生きてきた時間を

周りは、まるで映画のようだと話す

 

確かにいろんなことがあった。

 

でもたくさんの経験が今となっては

自分をここまで成長させてくれたんだと思う

 

過去は私の強みになった。

 

 

心は大切にしたい

アスペルガーの息子と夫に出会い

カサンドラ症候群について学ぶきっかけができた。

 

私は自分が置かれている状況や

自分の心の状態を

冷静に考える。

強みだとおもってまた頑張り続けそうになるけど

 

私は大丈夫と思わないこと

もともと自分に厳しい性格だから

やりすぎと思うくらい

自分を甘やかしていきたいな。

 

頑張りすぎないことを頑張る

いつも忘れないように。

 

 

大切な人のために笑う。

もちろん自分も大切な人に含んでね。

 

大切な人には自分を大切にしてほしい

 

自分を大切にすること そんなこと

昔は難しかったなあ

私に限っては絶対できないなんて思ってたけど

 

本当に大切な人ができたとき

分かった

自分の大切な人が、自身を大切に感じてないと

すごく悲しい

 

だから

大切な人のために、私は自分を大事にする

自分を大好きでいる

 

 

 

感謝してすごしたいな

 

私が自分のために息抜きをすること

自分を甘やかすこと

主人は何もとめない

 

何をすればいいか分からない

私をどう支えればよいか分からないと混乱しちゃうけど

 

好きなようにすればいいよと

いつも味方してくれる

 

だから

ありがとうって感謝して

 

めっちゃ息抜きする 笑

 

そしてまた愛情と笑顔でお返しする☺

 

 

 

娘に聞かれた

 

ママはどうして自分に自信があるの?

 

 

あなたという素敵な娘を持てたことが

ママの自信だよと伝えた。

 

 

 

娘は自信は私に自信がないと言った。

親として自分の子に自信がないというのは悲しいことだと知った。

 

娘のおかげでまた一つ

大切なことを知ることができた。

 

私が自分に自信を持つこと

私を大切に想ってくれている人の心のため

 

 

愛情は人を成長させる。

 

あれしてこれして、次はこうして

自分の体力と次にすること

計算しながら大人は動く

 

日常の生活に合わせて、子供にあれしたの、これしたの

これして、あれして と声をかける

 

子育ては戦争

時間との闘い

 

でも、子供は子供の時間軸で動いてる。

「○○してね」と声をかけてもすぐには動いてくれないなんて

よくあること

 

公園に行き、帰る時間の15分前から

帰るよ~と声をかけるとよく耳にする。

 

もっと遊びたいと言うことを見越して

子どもの満足度を上げるため等

 

うちではご飯の前に子供たちは大抵ゲームをしている。

ご飯だよ と声をかけてすぐにセーブなんてできるわけない

だからお皿に盛りつけると同時に声をかける笑

 

ちょうど子供とタイミングが合って

はーい なんて言って席に着いたなら、ラッキー♪

 

すごい!!早い!ありがとー!

お手伝い、してくれる?なんてお願いすると

お互い嬉しいね

 

 

当たり前のこと

こんなことを

当たり前だと思い行えている自分を認めてあげること。

息子の担当者会議があった。

ASD ADHD 愛着障害を持つ息子は

家では試し行動なのか特性なのか

対応が難しい。

癇癪、多動、チック、虚言作話

 

そして一番難しいこと。

 

家の中と外とでは息子の人格が違うこと。

 

家での様子を細かく書面にし提出した。

 

福祉サービスを利用しても家での困り感は軽減していない。

そんな現状を少しでも周りに理解してほしくて。

 

担当者会議で周りから言われた。

息子さんは福祉サービスを使っているときは

いわゆる、良い状態の時なのでしょう。ご自宅での様子とは全く違うため理解できません。

 

家の中でしっかり満たされているから

小学校、デイサービスではコンディションよく過ごしているのでしょうね。

 

 

外で良く過ごせることは良いことなのだとも思う。

デイサービスの目的は何なのでしょうか。

 

最後に担当支援員さんから

今のサービスの在り方は息子君にとって、本当の意味で良い状態 ではないとおもう。

もう一度一からサービスの在り方、効果的な関わり方を考え直すべきなのではないでしょうか。

 

だけど、その後何も変化は起こっていない。

デイサービスにお願いし、息子が頑張っていること、デイサービスでの様子を連携できるように

連絡帳を用意した。

初めの数回は教室内での様子を書いてくれたが、その後は私の一方的なノートとなった。

読んでもらえているのか、いないのか

返事はおろか、サインも書かれていないので 分からない。

 

子供のデイサービスなんて、質を求めてはいけないのだろう。

高齢者のデイサービスで働いていたが、職員の質は選べないのが現実。

所詮人間が行っているもの。

 

本当は福祉サービスとは、本人支援以上に、家族支援が必要。

本人を一番近くで長い時間支えるのは家族だから。

全力で精神を注ぎ、無償の愛情で包み込んであげられるのは、家族だから。

本人にとって、一番倒れて心に傷が刻み込まれるのは家族だから。

一番近くで笑っていてあげられるのは、家族だから。

 

私のように悩んでいる方が、もし、おられるのなら、

支えられるような人間になりたい。

 

精神誠意息子に注ぎ、精一杯で頑張っているのに

息子に主人に福祉サービス関係者に

何度も 批判され打ちのめされ

誰も見ていない場所で涙を流し、落ち込み

それでも守りたいから、あきらめたくないから

愛情を知った大人になってほしいから

何度も立ち上がり、

あなたの前では笑っているんだよ。

あなたのママになれたこと。後悔なんてしたくないから。

 

 

私の尊敬する方は子供さんの気持ちを少しでも理解したくて

カウンセラーの資格をとったと言っていた。

 

私も、カウンセラーの勉強を始めた。

半年経った。少しは成長できたかな。

 

主人に気持ちを話したところで、

よくかみ合わない会話が続くだけ。

本当に息子の利益を考えて話し合いたいが、今の私のコミュニケーション力では

主人の言語を聞き取ることは不可能。

ゆっくり成長ですね~

 

 

 

 

 

現実は厳しい 理解してもらえないことは本当に辛いもの

 

 

家族支援とは

まず家族の困り感を、しっかり理解してあげること。

 

 カウンセリングの基本が重要

 なるべく近い感覚で、一緒に感じること。

 ともに戦うこと。

 クライエントが落ち込んだなら

 海の底まで一緒に沈む。深く深く沈むこと。

 とことん一緒に落ち込み、信じ、共に生きること。

 

そして言葉でも良い。

利用者さんの成長目標は本人も一緒に一つずつ達成していきましょう。

頑張りすぎて忘れないでください。お母さん、お父さんのことも同じだけ大切にしたいと思っています。

辛いときは一緒に苦しませてくださいね。嬉しいときは一緒に喜ばせてほしい。

私はそんな存在になりたいと想っています。

と伝えてあげてほしい。

 

それが 共有 です。

 

間違えても、覚悟が足りないとか、心配しすぎ考えすぎだとか

誰でもかれでもいうべきではないですね。

言われて平気な方もおられるかもしれないけど、傷つく方もおられますね。

 

デイサービス職員さんにここまで求めるのは

荷が重いのかもね。

 

いつか私が支えられる方に出会ったときは、

そんな人間に成長できた時は、

伝えてあげたいな。

電気屋さんへ行った。

念願の食洗機を購入できた☺️

来月おばあちゃんのお家に行く時に、持って行って取り付ける☺️

後悔しないようにね。生きないとね。

したい事リスト


よく100個のしたい事リストと聞くけど


数は決めず


少しずつ描き続ける事にした。


リストの中に一つ


私は死ぬまでに会ってみたい方がいた。


初めて子育てで悩んだ。


娘を産んで育てて今まで、客観的に見ると大変というのか必死だったのか、とにかく大きく自分を成長させてもらえる人生だった。

でも、ただただ本当に幸せで楽しくて、強がりなんかじゃなくて、本当に感謝しかない。


そんな私が、初めて、

今の息子と出会い、母になり、

覚悟はしていたつもりなのに、四苦八苦😓

これは発達障害の特性からなのか、私が母親になりきれてないからなのか、さえも、分からなかった。


毎日夢の中でも考え、

本当にしんどい

でも投げ出せないし本気で投げ出したいとは思えない


でも、デイサービス、病院、学校、周りからは

血が繋がってない事実と、息子の生い立ちから

私の母としての覚悟が足りない

愛情で満たされてないだけ

と言われる。

仕事も減らし毎日試行錯誤しながらもがき悩んで悩んで必死で関わっても、想いも気持ちも言葉も心には通じない。

私だからではない。お父さんからであっても伝わらない。

彼の言葉やコミュニケーションはいつも一方的。

将来のことを思い真剣に話をしようもんなら表面上の模範解答。

訳の分からない試し行動の連発

嘘の連発


彼の嘘で周りからはまた誤解されて

でも家に帰ると私にひっついて離れない

もちろん嘘をついたことも忘れている



そもそも試し行動なのか

特性なのか

どう関わればよいのか


どれだけ裏切られても

嘘で固められても

彼の嘘で周りから避難されても

それでもやっぱり、なんとかしてあげたいと思う

彼が家庭で社会で生きやすい術を一緒に見つけてあげたいと思う

理解者でいたいと思う


でも方法が見つからない


悩んで悩んで、

関わるのも怖くなる

でも放っておくわけにはいかない。


実家に預かってもらっても着信が10数件。

休めない


なんとかして満たしてあげなくちゃ


でも、彼は目に見えない数値化されていないものは伝わらない



いつも一方的でいつも振り回されてしまって


私がしんどくなってた。


娘ともっとちゃんと関わりたい。

いつも笑顔で頑張らせてしまってる。

私の小さい頃と同じ

気を遣ってしまう性格だから、

我慢はさせたくない。外でもどうせ頑張ってるんだから。

私と2人暮らしの時は今よりもっと関われてたよね。とか、もっともっとこうしたいとか、でもお父さんを受け入れたいと、4人家族で頑張ろうって、子供ながらに私のことを励ましてくれる娘に感謝してもしきれない。

周りは息子のために娘との時間を削って息子と関わるようにと、私には余裕がなくなることしか言わない。

娘の気持ちも知らないでと腹の底から腹が立つほど。

いろんなことをいつものように考えながら


息子の薬を薬局で待っていた。


いまの状況を、少しでも良いから、なんとか切り替えれないか、どうにか、何かできないか

と、調べてた時

ある方のブログを読んだ。


その瞬間、すごく救われた。


それから、しんどい時いつもその方のブログを読み続けた。


いつも前向きで、私が悩んでる事、ちゃんと書いてあってしっかり考えられていて、


何より、保護者の心の健康を考えてくれる。

そして本当の意味で発達障害の子の心特徴を知っている。

ものすごく勉強されたんだと思う。

私には、もちろん到底及ばない。


昔福祉の勉強をした時に習った。

支援をするということ、それは、その人を取り巻く環境を整えるということ。

環境とは、その人の家族。その人を1番側で支える人を支える事。


いつもその方のブログに救われた。


その方はいろんな所で講座も開かれているそうで、いつかその方にお会いするのが夢になった。


リモートでお話会が開催されることを知った。


私は10代で1人で子育てをしてきたからか、本当に若い子達の遊びも知らないし、

携帯も詳しくない😅



でも、したい事リストって不思議


叶えたくなっちゃう


このまま、達成できるチャンスがあるのに

逃して寿命が終わったらと思うと

少し勇気が出た。


憧れの方だから、イメージと違ったらどうしよう

自分の中でイメージがどんどん膨らんでいて、

もしイメージと違ってて憧れの人を失うとと考えると不安な気持ちと

葛藤の末応募した。



結論、お話しできて本当に良かった。

イメージ通りどころか、イメージ以上に

本当に素敵な方だった。


改めてファンになった。


お話が終わって

その日、お話したこと、忘れないように

ノートにまとめた。

私の宝物。


参加されていた方もものすごく素敵な方で、優しくて、

私、今まで悩んで頑張ってきたから、出会えたんだと思った。


よかった。頑張ってきて。


息子に感謝した。



これからも、頑張る。

いつか時間ができた時、ゆっくりブログに書いていこうと思う。

お話したこと、ちゃんと何度も繰り返し大切に心に刻んで

生きていこうと思う。

荷が重い


私の心の声を聴こう


荷が重い


自分の生活に子育て

(新しくできた)息子の子育てに、彼が負った心の傷の修復

特性なのか私とはかけ離れた言動へ合わせた関わりや、ケアに、将来を見据えてのケア、指導共感対応支援諸々

各方面への連携

主人の教育方法に対するフォロー指導共感教育

父親へ期待がないが故に父親の分までも求められる息子からの愛情欲求


デイサービス代表から言われた、お母さんは母親になる覚悟が足りない という言葉

覚悟が足りてたら変わるの?

母親になる覚悟ねえ


息子を支え主人は立てると上手くいきますよ

妻であり母としての役目ですね と


他人だからなんとでも言えるわよね笑笑


私には、キャパオーバーどころではなく、

無理な話よ

できるわけ無いじゃん

何歳だと思ってんのよ

どんな人生経験積んでたら全てこなせるわけ笑


確かに努力して、乗り越えたら成長する

だけど、

私は私の年齢に合った年の取り方しても良いんじゃない?笑


精神レベルを急激に上げる事が必ずしも良い事なのか


子供が子供の時期を子供として生きる事が豊かな心の成長のために必要なように

20代には20代の、前半には前半なりに必要な経験なり休息なり立ち止まりなり

あると思うんだよね


なぜそう思うのか


娘を授かり産んで、

果たして私は成長することに対し

今のように悩んでいたのか


望んで成長したいとは考えてもなかったのかなと今ふと思うの


ただあの頃は、愛おしくて幸せで、楽しかった。時が経ちふと周りを見渡すと、自分が成長していることに気づいた。


幸せな生きていてよかったと

感謝でいっぱいで前だけをみてがむしゃらにプラスの気持ちで生きていた時間こそが私を成長させた。


そんな周りからの欲求や

周りができないことを、周りからの指示や考えで求められるから成長させられる事は

果たして私に合っているのか


合ってない


それは私が私を生きていない


それは社会の作品であり

周りが作り上げた私

自分という自分は、自分が作り上げるもの

周りに決められる必要が無い


さあ、自分はどう生きたい

私はどう生きたい

成長したいのか、戻りたいのか

段階を戻すことも選択肢の一つ

選択は無限

自分が作る


一つ言えるのは


強くなった


人が決めた事で動かずに

自分の意思で自分を作ろうと考えた。


成長と決めるかはまだ決めてないけど

私は強さを持ったと思う。


自分を守るために、

この強さは忘れずに持っておきたい。