誰も振り向かいない 小雨の渋谷の夕暮れは 最低限の幸せを保つことで精一杯の人々が行き交う


 コカ・コーラの自販機に電飾が灯る Yes! Coca Cola! 眩しい! 何故か 不意に寂しくなった どうして私はこんな真冬みたいに寒い四月の渋谷をあてもなくフラついているのかしら? 急に世界から意味が削ぎ落ちていく ザアザア 雨の音? ザアザア 頭から記憶が流れ出す音? わからない


 私は時々 生きるのことの意味を見失う いったい何のために? この役に立たない大きな体で 歩いて 座って 食べて セックスして 眠って、、、こんなことのために生まれてきたのなら 私は早々に この人生にピリオドを打ってしまいたかった


 そうだ BYGに行こう こんな日はいつも円山町の裏路地にあるBarでテキーラに限る ストレートで6ショット目くらいで気分は上がってくる 巨大な二つのスピーカーからは爆音のJAZZ ああ そうか 人間は快楽のために生きているのだ そう思えてきたらコッチのものだ 今日は円山町に泊まろう 今時は女だけでも入れてくれるラブホがあるのだ


 渋谷は嫌いだった 闇金に手を出した男のために朝から晩までパチンコを打たされて 夜は円山町のラブホで寝てたことがあった あれからだ 渋谷は嫌なはずなのに 嫌なことがあると渋谷をウロついてしまう よく虐待を受けた子供が 大人になると虐待をしてしまう そんなことと同じだろうか 渋谷は適当に猥雑で薄汚くて 私みたいな人間には丁度よかった


 その時だった 首元に蠍のタトゥーを入れた いわゆるチャラい男に声をかけられた


 「隣 いい?」


 「ごめん 待ち合わせ」


 目を合わせずに答えると


 「嘘でしょ いつも一人なの知ってるよ」


 チッと思う


 「どうぞ 座れば」


 隣をすすめると 男はバーテンに


 「俺もテキーラ」


 と私と同じものを注文した めんどくさいなあと思いつつ スッカリでき上がった私はいつもより饒舌だった


 「ねえ あなた何で生きてるの?」


 「俺はねえ そうだな 人助けかな」


 「は?」


 「だから 人助け」


 「あははは 馬鹿にしてんのお?」


 私はわざと大きな声で笑った ふざけてる


 「そのナリで人助けねえ 説得力ないよ」


 「君は?」


 言葉に詰まる 私? どうして今日は生きる意味ばかり考えなきゃならないのよ ポタ。。。ポタ。。。 思わず顔を覆った なぜ生きるかって? そんなこと分かってれば こんなところにいないわよ!


 「ごめん」


 「なんで謝るのよ!」


 「俺 君を知ってる」


 「え?」


 「前に新木場のアゲハで見かけた すっごく楽しそうに踊ってた 声をかけて こんなふうに君とテキーラを飲んだ」


 「嘘でしょ? そんなの覚えてない」


 嘘だ 本当は思い出してた そうだ蠍のタトゥー 今思い出した あの時の 一時期は狂ったようにアゲハに通ったっけ 


 「どうして私がBYGに出入りしてるの知ってたの?」


 「本当にたまたまだった ひどく寂しそうだったから声かけた だから人助けって言ったの」


 男はテキーラを一気に飲み干した カンッ 小気味よくテーブルにグラスを置くと


 「もう一杯」


 と追加した


 「私も」


 私は もう11ショット目だ 思い切り酔ってしまいたかった


 「家 どこ? 今夜 泊めてよ」


 私が言うと 男は特に驚いたふうでもなく


 「近くだよ 狭いけど」


 とあっさり答えた


 「じゃあ これ飲んだら行こう」


 私たちは寒い真夜中の渋谷を 恋人同士のように連れ立って歩いた きっと周りから見れば ありきたりなカップルに見えるんだろうな でも気分は悪くなかった 男からはシャネルの甘いエゴイスト・プラチナムの香りがした なんだかそれが やけに心地よかった


 男のアパートは本当に狭かったが キレイに片付いていて家具はコンポくらいしかなく あとはセミダブルのベット それだけ  


 「コーヒーしかないけど」


 「うん」


 男は手際よくコーヒーを淹れながら さりげなく聞いた


 「さっき どうして泣いてたの?」


 「、、、私 生きてる意味が時々わからなくなってしまう そんな日はあそこでテキーラを飲むの」


 「そうなんだ でもさ生きるって 特に深い意味は無いと俺は思う せめてあるとしたらそれは、、、」


 「それは?」


 「たったひとりでもいい 誰かの役に立つことだ それがどんな人間にも言える生きる意味」

 

 役に立つ、、、よく分からなかった


 「ブラックでいい?」


 「うん ねえ じゃあ私は誰の役に立ってるの?」


 「今 俺のために」


 キザなセリフだと思った


 「私 何の役に立った?」


 「俺は今夜 寂しかったから話せて嬉しかった それで十分だよ 君は役に立ってる 生きてるだけでね」


 答えられなかった そうなんだろうか? こいつ酔ってる私とヤリたいだけなんじゃないの? なんて思ったのも束の間


 「俺 リビングで寝るからベット使っていいよ」


 なんだか自分にバツが悪くなった 私は立ち上がり


 「やっぱり帰る コーヒーありがとう」


 とカバンとコートを掴むと玄関に向かった


 「そう、、、わかった じゃあ送るよ 家どこ?」


 「大丈夫 タクシー拾う」


 「俺 なんか気分 悪くした?」


 「別に じゃあね」


 私が振り返らずに言うと


 「ねえ手、、、」


 「え? 手?」


 「手 繋いで 一緒に眠ろう」


 面食らった でも嬉しい自分に驚いた


 「わかった いいよ 手だけね」


 私たちは本当に手を繋いで きょうだいのように朝まで眠った 言葉もなく 何もなく 本当に手を繋いだまま、、、



 その後 何度BYGに行ってみても 男に会うことは二度と無かった あの蠍のタトゥーが 妙に懐かしい子供の頃の思い出のように思えた そのことがちょっと切なかったけど あの日から 本当の春が来て 私の心も温かかった 前を向いて歩ける そう思えるようになった


 END