ブログをはじめたけどやっぱり続かないw
次はいつ書けるか分からないのでつぶやきます。
あと3カ月で三男が卒業。
学校という所から離れる。
小さいお子さんの親御さんが悩んでる就学問題。私も通ってきた道。
そんな長い学校生活を送ってきて思うことは…
「学校はどこであれ担任の先生次第」じゃないかと思う。
最重度の次男は小学1年生から支援学校。
当時地元に支援級がなかったので悩むことなく支援学校w
ずっとずっと先生方には愛されてきた。
が、高2でそんな先生方の指導方法を全て覆された自己満足だけの指導をされ、息子は鬱になった。
1週間大暴れしたのち、動かなくなってしまった。高3で先生を替えてもらい1年かけて戻してもらった。
三男は小中は地元の支援級、高校から支援学校に通ってる。
小学校1年から3年まではとても型破りな先生。毎日がワクワク。母達も巻き込み暇だったら見においでーって呼び出され学校に行ってたっけ。1年から包丁、トンカチ習字と怪我したらゴメンねーって今だったら信じられない事をさせて楽しませてくれた。当時の息子の趣味は国算ドリルw
それも好きになるように上手く導いてくれた。
厳しいけどギュッと抱きしめてくれる大好きな先生。
が、4年から6年までの先生には叱られてた記憶しかない。
お陰で打たれ強くはなったが不信感しかない。
交流級が校外学習の時は私が大変だからと参加してくれなかった発言は未だに謎。
三男の笑顔がぐっと減った。
中学1年2年の先生は
息子のたくさんのこだわりを克服するため
いろいろチャレンジしてくれた。
中3の先生はワクワクが全く無い当たり障りのないつまらない毎日だった。
しかし、そんな当たり障りのない平凡な日常が息子には楽だったようw
そして支援学校の3年間。
先生は毎年変わったけど 息子の長所を即座に発見してくれてぐんぐん伸ばしてくれた。
まさか、学年1足が速いだなんて、
まさか、作業能力が優れてるなんて
地元の先生方は気づかなかったでしょう。
小中学校に行って、言ってやりたい(笑)
自信がついた三男、毎日思い出し笑いが絶えないw
そんな訳で
地元でも支援学校でも伸びるのは先生次第。
「あの子が暴れてるからあの学校はよくない」訳ではなく担当の先生の力量不足だと思う。
どの学校にもいい先生はいっぱいいる。
言い方が悪いが自分の子が当たりくじ引いたか引かなかっただけ。
「母は指導者になってはいけない。」
母子通園の退所の日に先生が言ってくれた言葉。
ガミガミ言っちゃってるけどね。母の愛だと思ってほしい。
今まで息子達を愛して指導してくれた先生方には本当に感謝している。
ほぼほぼ当たりくじ引いた(笑)