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theend

おわり

仕事寝ばっくれして、
あーもうやってらんね



ばーちゃん去年の10月に死んで
っても、去年の3月くらいから転んで頭切ってそこから狂ったんだけどな


俺は一緒に住んでなくて、血縁なしの祖父とばーちゃん2人で生活してた。

んで、一緒に過ごそうって六感が働いたんだろな。
そん時特に定職もしてなかったし、金に執着がないせいか、なきゃないなりの生活をできる性分のおかげでばーちゃん面倒みながらくも膜下で倒れる日を迎えた。



もともと俺が小学5年の脳梗塞で左半身麻痺になって、その頃は一緒に住んでた。

思春期真っ只中の高校はもちろん、
20歳になるまで一緒に住んでた。

まあ母親よりも母親してもらってた。


片親で兄妹3人だから、確かにしょうがないのかもしれないけど
幼心にも、母を母親らしいとは言えなかった。


去年の5月にくも膜下で入院して
ずっと薬で眠らされて

そこからは実質祖父と二人で生活

入院費も
祖父が働いてないのもあったが
貯蓄もゼロ

ばーちゃんの年金暮らし
祖父はまだ63
年金ももちろん貰えないんんだが
資格もない



後期高齢者の保険使ったって月10万

年金は二カ月に一回


俺もばーちゃん面倒みれないし仕事しなきゃって、少しでも足しにしなきゃって

母親はパチンコ屋の両替所で稼ぎもない
妹は高校生

即席で工場行ったって月12、3万

祖父は仕事がなくても晩酌するし

なんか料理作ればまずいだの

買ってくれば、こんなの食えるかってやつ


イライラは止まらなかったが
ばーちゃんからは祖父は一人になってしまうから頼むなといわれ


ばーちゃんの着替えとりにいくんでも一人じゃ行ってくれない

行くってなれば近所の仲いいババァ乗せてくってゆうし

じゃあお前ら二人でいってこいよ
こっちは夜勤明けだぞ

でもばーちゃんの為だからいくしかないけど


甲斐があってか8月くらいから眠らせる薬は止まって目を覚ましてくれた。

良くなってくれたんだ、と思う反面
これが最期になんてなってくれるなよと思ってた。


仕事しなきゃばーちゃんを救えない

祖父はあてにならない
母も弟も妹も別居だし

精神的に一人。



最期に喋って、夜勤だから帰るねって

後ろ髪引かれるように去ったその数時間後


ばーちゃんは瞳孔開いて
呼吸もおかしい
もはや痙攣とはいえないくらいの痙攣


ただただ泣いて
ただただ息を引き取って

ただただ泣いて
今思い出しても涙は溢れてくる。


それでも、辛いから仕事を変えたりして仕事に精を出して寝る間も削って働いた。

気を紛らわすために。



ところが祖父は何をトチ狂ったか
整理は徐々にといったのに

ばーちゃんのものを庭先の焼却炉で燃やした
3割ほどか

まだ癒えていない傷をやすやすと

アルバムやら着物やらをゴミ箱に一旦入れて倉庫に入れた。

これも時間の問題だと思う




そこから祖父を悪魔と思うようにした


すると今度は更に家の中のものを4割近く消された。



それでも我慢した





ついに、今日

俺の部屋まで荒らしに来ていた。


先月10万渡して

もう勝手にさわるなといったばかり



仕事してて食わしてもらってて

片付ける時間をくれるならまだしも



やってらんねーよ

どうにもなんねーだろ



朝7時に出て
帰りは1時2時はざら。


わかってくれよとは言わないけれど
察してくれよ



こんな話、誰に話したってわかるまいと思ってやってきたが

半年過ぎて


もう限界だわ


まだ半年って思われてもいいよ

こんな生活が

くそじじい死ぬまで続くんだったら



もうおわりだよ