私が勝手に命名した、

同室の3人(山崎さん、上島さん、土田さん)で結成されるオバタリアンズが

内部崩壊を始めた。

 

旦那さんとの不和からご飯が食べられなくなったものの、

うつ症状などはなく元気いっぱいの山崎さんと

比較的症状が軽く、自分から入院の話しを提案したらしい土田さんは、

どうにも上島さんの辛さを理解どころか認識しようとしない風潮があった。

 

 

二人は彼女に

 

「頑張れ」

「やればできる」

「気にするから悪い」

「あなたの悪い癖」

 

と連呼し続け、

ついには上島さんが中々「うん」と言わないから疲れたと言いだす。

 

付き合いきれないのであれば、

最初から関わってなどいけないのだ。

 

ヒーローになりたくて一方的な厚意を押し付けただけなのに、

上手くいかなければ相手が悪いことにするとはなんともいただけない。

 

 

そんな山崎さんと土田さんには共通して「不眠」の悩みがあり

それが目下の一番重い症状のようで、

夜眠れる全ての人たちは自分より症状が軽いと思っているようだ。

 

上島さんはある時間になれば眠れるため、

それのせいで自分たちより症状が軽いと思われているのも一因だった。

 

 

当人にとって辛い言葉を投げかけ、病人を更に傷つける様子は

こちらが見ていても不憫になるほどだった。

 

それがきっかけで3人は徐々に分裂し始め

上島さんは他の部屋の仲のいい人の元へ出かけていくようになった。

 

 

残った二人は看護師の悪口大会を開催して、嬉々としている。

 

昔アルバイトをしていた会社にいたお局様そのものの姿だ。

 

病院に入ってもこういった悩みが付きまとうことに不快感がこみ上げた。

 

 

 

そうしてお昼近くになると、看護師さんがやってきた。

 

「土田さん、今日からお部屋移動してもらいますから。準備してください」

 

そう言うと土田さんが戸惑う暇もなく、

テレビ台などの移動を始める。

 

こうしてオバタリアンズは突然の解散を迎え

山崎さんと上島さんという微妙な空気感の残る二人が残されることとなった。

 

この病院ではこうした突然の部屋移動が多く行われる。

 

症状や年齢によって、ナースステーションの近い部屋、トイレの近い部屋……と割り当てが変わるのだ。

 

 

新しくこの部屋に入ってくる患者さんのタイプにもよるが

少しの間平和で静かな時間が訪れることを、嬉しく感じた。

 

そして自分の中に「嬉しい」という感情が沸いたことに驚き

少し人間らしくなったことでオバタリアンズに初めて感謝した。

 

 

結局上島さんが、仮病なのか、ボーダーのような何かなのか

本当にただの性格で病気ではないのかは不明なママだ。

 

しかし、悪口を言われていることで肩身の狭い思いをしているようだったので、

彼女にとってもまた良い変化となることだろう。

 

 

嫌なことばかりが先行してしまったが、

午後になると、平日にもかかわらず夫が1時間も仕事を抜けてお見舞いにきてくれた。

 

購読している雑誌と、コンビニで買えるおにぎりやお菓子も持参してくれている。

 

 

夫にはオバタリアンズの解散を伝えたり、

逆に彼のちょっとした愚痴を聞いたり、

新しく買ってきてくれた折り紙の本を見て少し笑ったりして時間を過ごした。

 

やはりこの面会の時間が入院中唯一の癒しで、

こうして閉鎖病棟でも病室で話せる病院であったことに感謝した。

 

早く帰って猫にも会いたかった。

 

彼が電話の時にハンズフリーにしてくれた時

猫に向かって呼びかけると

狂ったようにこちらに向かって鳴き声を返してきたのが忘れられない。

 

まるで泣いているようだった。

 

 

そうこうしているうちに面会の1時間が終わり

手元に残った雑誌を見つめた。

 

今は中古でも手が届かないブランド品たちを一人で眺めると

虚しさが募った。

 

これが買えるほどのお給料がもらえるほどには

バリバリと働く生活を取り戻したい。

 

がむしゃらに、何かに夢中になりたい。

 

きっともう、そんなことは出来ないのはわかっていた。

 

 

手元のページをめくると、ある商品が目に入った。

 

昔、まだその商品を出しているお店がオープンしたばかりの頃、

私はマーチャンダイザーをしていて、その商品を入荷しようとしていた。

 

上に反対されて叶わなかったが、その後よく売れたらしい。

 

もし、まだ仕事を続けていたら……

お前はヒット商品を生めていたかもしれない

 

と、耳元で悪魔が囁く。

 

頓服を飲みたくない一心で、なんとか考えを変えようとラジオをつける。

 

 

ページをめくり、違う商品を眺めるが、

頭の中を覆っていく暗雲は、すでに歯止めの効かないスピードで広がっていた。

 

 

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