むかし、
どこかで聞いた言葉。
40すぎたら、自分の容貌は自分のせい、だと。

それまでは、親やら祖父母やらの遺伝が強く働くが、
年を重ねると、遺伝というより、自分の生きざまが顔に出るのだと。

最近、鏡をみて、よくそれを思う。

自分がとがってるなぁ、と。

それでも大学のころに比べたらましなのかもしれないし、
結婚する前に比べたらましなのかもしれないし、
出産する前に比べたらましなのかもしれないのだけれど。

大学をでて、働き始めたとき、
何かを指摘される、と言う行為がすごく怖い自分に気づいた。
指摘は良いことであったり、または良いことでも悪いことでもなかったりするのに、
それでも指摘されること自体が、自分を否定されるように自分を護ろうとしている自分に気がついたのだ。

不思議だった。
でも、そのときも思い出したのは、私の服の趣味やらにいちゃもんをつけるだけの母の存在だった。

でも
きっと、それらはどこにでもある光景で、
それが悪いわけではないんだろうけれど、
わたしは母に否定されるとおびえているようだ。
そして、ほかの人にも。

見知らぬ人としゃべるなんて、娘が生まれるまでは考えられなかった。
コンビニやお店でもなるべくしゃべらないし、目をみることもしない。
必要がない。
それらは私にとって、ヒトであって、人ではなかった。
外観の一部であり、自分が行動するときに想定内の機能しかしないモノでしかなった。

娘が生まれて。
赤ん坊は人の心を和ませるものらしい。
赤ん坊さえいれば、何の関係のない人とも、友好的な笑顔で会話がかわせるものらしい。

そこにはプラスの感情がつまっていた。

不思議なほどに。

きっと少なからずそれに影響を受けてはいるんだろうけれど、
自分の貌に、私はまだ改善の余地があると見込む。

やさしいひとになりたい。