最近Twitterで文章文章と騒いでいるゆきすけです、こんにちは。
活字が好きか嫌いかと聞かれたら、中毒ではない程度には好きです。
文系人間ですが、悲しいことに読書家ではないです。
一時期本が読めないことが苦痛のこともありましたが、
なくても平気なほど、本から離れてしまったのも事実。
もちろん、得意な国語で読解能力が落ちる気はしてないし、
文法とかは大体分かってるかと。
正直、嫌味に取られるかもしれませんが、
「日本語が間違ってる」というのは実感がないですね。
なのに!!!
「わたし、こんなにも日本語が不自由なの!!!???」
と、泣きたくなる場面に直面(>_<)(>_<)(>_<)
今、仕事でライター業務やってるのですが、リテイクリテイクの連続!!
明日までに四本仕上げなきゃなのに、一本も通ってないっていうピンチΣ( ̄Д ̄;)
昨日は上司が外出だったのもあり、
あまりに悩み込む私を見かねて、
16年のベテラン先輩にミッチリ指導して頂きました。
で、思ったこと。
書きたいことはあるのに、引き出し少なすぎてマジで残念すぎるよ、日本語がこんなに不自由だと思わなんだよ、ハハハハハ。
文章に関して考え始めると、どうやら私の頭は学生時代にトリップするようです。
名物講師、多岐先生のあの熱っぽい「小説論」の授業を思い出します。
一番印象に残っているのは、
「文章は訓練だ」
というお決まりのセリフ。
学生時代はそこそこ本も読んだけど、
書く訓練なんてしなかった。
元々本が書きたいって気持ちはあったけど、
本音を言うと、私が語らなくてももう既に誰かが語り尽くしている、
と感じてしまったから、そこから手を引いたのです。
あー思い出すと‘のすたるじっく(笑)’な心地にかられる。
なので、そんなゆきすけさんが、仕事で出版物に文章書くなんて誰が予想した!? 私が一番してねーよ!!!
っていうね(ちゃんと仕事しろ)
けど、〆切に焦るし、文章下手だし、すごくすごくすごく悔しいけど、
ちゃんと向き合おうって思えるのも事実。
先輩に、
「文の中に語りたい要素が多い。ひとつ抽出してそこを盛り下げる」
と指摘を頂いてやり直してみたのですが、
「前に指導した人はそこまで行くのも難しかったから大丈夫だよ」
と、慰めてもらいました。
全くの自信喪失してたときに、その言葉はとても嬉しかったです。
うん。よく考えたらそのくらいは出来る自信はあるぞ。
ゆきすけの超レアな自信がある発言ですが、
たぶん、国語に関することにだけは負けたくない自分がいるのですよ。
逆に言うと、それしか出来ないからね、ゆきすけさん。そこは奪われたくないのよ。
負ける、とか、奪われる、とか、誰に?って感じですが、たぶん自分自身にですね。
だからこそ、‘ちゃんと’やりたい(>_<)
あー悔しい!
負けない!
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