2007年 夏


「…こっちか、な?」

セミが断末魔のような鳴き声でざわめく日差しの強い夏の午後。
わたしは大学病院に来ている。

「おーい歩ぅ」

行き先が定まらずうろうろしてたわたしにひらひら手を振りながら声をかけてきた、“いかにも”な奴。

「佑太、そのシャツだせえ。」
「な・・・・・!町田じゃあなぁ!パネェ流行ってんだよ!!」
「それからそのサングラスもナイ。」
「ななな・・・・・・!!!町田じゃあなぁ!このグラサン着用してこその頭って言われててだなぁ!!!!!!!」
「あああ~うっさいなー暑いんだから静かにして」
「うるさくない!そしてださくもなーーーーーーーーーい!!」

わたしの隣にいる短髪のいかにも喧嘩っぱやそうなサングラスとわけわかんない柄シャツの長身の男。
佑太。

横浜近辺の暴走族を統べる総長、いわゆる頭だったりする。
喧嘩はバカみたいに強いし性格もさっぱりしてるから無駄に慕われてたりする。頭はホントにバカなんだけど。


「ずーっと目ぇ覚めなかったのにな。」

ふいに佑太が言った。

「そだね…」
「植物人間とか一時期言われてたしな」
「言ってた奴ら片っ端からボコボコにしてたじゃん佑太」
「おまえも一緒にな」

人目を避けるようにエレベータを横切って脇にある階段を上る。その時後ろにいた佑太がわたしの後頭部をコツン、と叩いた。

「なに」
見下ろしながら佑太は自分の頭を何度も指さす。
「髪」

「?…だからなに。」
「もう伸ばさねーの?」
「…。」
「…や、俺おまえの……その、ロング?…結構好きだったからさ…伸ばせばいいのになとか…」

階段を上りきり深呼吸すると、人工的な空気が肺に入ってくる気がした。やっぱりこの空間、嫌い。

「あたしには」
「ん…?」


「伸ばす資格なんてないの」


にかっと笑って佑太を見上げたけど、なんだか佑太は泣きそうな笑顔でそっか、とだけ言ってわたしの頭をくしゃくしゃして歩きだした。






異様なくらい真っ白い空間。
慣れない匂い。
この異空間は何か、嫌だ。


「………マジで、逢えるんだよな」

佑太がぽつりとつぶやいた。
私たち二人の足音が妙に響く。何かのカウントダウンのように聞こえた。落ち着かない。
でもきっとそれは嫌なことじゃない。きっと、この胸騒ぎは―――


「うん」


『←第三西棟 総合精神科・精神病棟』




廊下の向こうに続く、その先の一室。






「逢えるよ。真生に。」
ありがとう。


ずっと、ずっと

そばにいてくれた。


涙の向こうはいつもきみの笑顔がにじんでて、いつだってわたしの右肩はきみとのぬくもりが独占していたんだ。
きみはいつまでもきみのままで、錯覚さえも居心地がよくて、ずっとずっと

そう    ずっと



このままなんだって思っていたけど。


変わってしまったのはわたしのほうだったんだ。

きみはいつだってそこにいて、いつだってそばにいたのに。いたのにね


声が聴こえていたはずなのに気づこうとしなかったのはわたし。

わたしが



わたしが、なんだ。




もう泣かないとか
もうくじけないとか

約束はできないんだ。


でももう今なら少しはわかるんだよ


きみのこと。




だから

ずっと一緒だよ。



時が流れても想い出の淵が崩れ落ちていっても、きみとの時間は永遠だから。





忘れない







歩より



真生へ