さえこが現れて間もなく、また新しいキャラクターが出てきた。


秀人、と名乗った。




最初、男性であるはずの自分の体が女性であることに戸惑った秀人に、旦那は妻である私「むつ」の体であることを伝えた。


秀人は驚き、

「自分は今むつと付き合っていて、後々は結婚を考えている。あなたが言うむつは別人じゃないのか」

というようなことを言ったらしい。


旦那と2人で家にいる時に初めて現れ、「むつ」を妻だと言う旦那に対して挑戦的な敵意を向けた。


旦那はそれをあしらい、他のキャラクターにしてきたように、私という人格がこの体の持ち主であること、他のキャラクターが存在することなどを説明した。


秀人は根気強くそれを説明した旦那に納得し、旦那はいつものように「契約」を結んだ。



次々と短期間に現れる新しいキャラクター全てに、旦那は同じ説明を繰り返し、協力を求め、契約を結んだ。




この「秀人」は、「かつて私がそうあってもらいたかった秀人」の姿だろうと、旦那は分析した。




私は、「オレ」と自称し、旦那に「○○ッスね」という語尾を遣う自分を、やはり想像できなかった。


話を聞いても、首を捻る思いだった。




旦那のお母さんの前でも秀人は出現し、その時のやり取りをお母さんは可笑しそうに語った。


「男なのに女の体というのはどういう気分か」


と問いかけたお母さんに対して、秀人は困った顔で


「ついてるモンがついてないっつーか足りないっつーかなんつーか…」


というような返事をした、面白いわよね、笑っちゃった、と。




私以外の周囲は皆、新しいキャラクターを受け入れ、出現を歓迎した。


これに私の中で何かのスイッチが入ったのか、キャラクターの増殖は更に加速した。

定期的な収入は約束されたが、私の生活はまだ両家のどちらかと自宅を往復する毎日だった。


解離は治まらず、ゆきとKが入れ替わり立ち替わり現れた。




母親達はすっかりサブキャラクター達と打ち解け、私の母はゆきを、旦那の母はKをそれぞれ気に入ったようだった。




そんな折、また新しいキャラクターが表に出てきた。


さえこと名乗る、弱弱しい女性だった。


私の実家にいた時、突如として現れ、


「私は生きる価値がない…」


と言って泣いたらしい。




母は名前や主張をひとしきり聞いて、とりあえず旦那に連絡を入れた。




さえこは自傷癖があった。


頻繁には出てこないが、出ると派手に手首を傷つけた。


出現すると、右だか左だか忘れたが、片方の髪をずっとなで続けるという癖もあった。


それまでのキャラクターの中では、唯一タバコを吸わなかった。




ずっと抑えていた私の自傷衝動は、さえこが実行するという役割を担った。


クスリには手をつけなかったようだ。




悲観的で精神的にか細いところがあり、家で飼っているウサギを初めて見たとき、泣きながら


「生きてる…」


とウサギを撫でたらしい。




普段の自分からは想像がつかないサブキャラクター達の個性に、周りは最初戸惑い、やがてそれを受け入れるように努めてくれた。


当の私は、それを他人事のように聞いていた。

説明が長くなったが、大別すると


・育った家庭環境


・高校時代の強姦


・秀人からの虐待


と、3つのことが明らかになった。




高校時代のことは自覚していたが、他の2つについてはゆきの「開封作業」とK・旦那による分析で判明した。


サブキャラクターと旦那を交えた議論で、これら全てを私と旦那両家に「病原」として話すこととなった。




旦那側の両親は幾分穏やかな反応だったが、私の両親はショックを隠せなかった。


自分達の家庭に問題があったことも、娘が強姦や虐待に遭っていたこと、それを今まで私から話さなかったこと…旦那の口から明らかにされたこと。


父も母も、涙を流した。


色々な意味の、重い涙であったと思う。




「黒い箱」の開封はひと段落して、親族でその痛みを分かち合うという形で決着をつけたかのように見えた。




その時々のことを思い出しては沈み込むこともあったが、そういう時に助けを求められる存在ができたということは、私にとっては文字通り肩の荷が降りたことだった。




一連の作業は、定期的な通院で主治医に随時報告した。


片付いた、と思われた際も、


「こういう形でひと段落つきました」


と告げた。


それまで直接的な意見や見解を示すことを控えていた主治医も、安心してくれたようだ。




これから、前を向いて歩いていくんだ。


そう思った。


随分前に申請した障害者年金も、申請が認められ、受給が決まった。


隔月でフルタイムのバイトに匹敵するほどの額に加え、発病当時まで遡った「未受給分」という名目の年金をまとめて7桁分貰えることになり、正社員として働いていて良かった、税金を納めていて良かったと思った。


もちろん旦那も喜んだ。


「病人」であることを受け入れたつもりになった私は、ついでに映画が安く観られるというだけの理由で障害者手帳の交付も受けた。


過去を清算し終え、病人という身分ではあれど新しいスタートを切ったと思った。




肝心の「解離を受け入れる」ということから、目を逸らしたまま。