会社という小さな国での不倫って
証拠が弱くても「空気」ですぐバレる。
どこの支社の誰が、誰と付き合っているだとか
噂好きな人や、暇な人達がどこの国でも一定数いるのだ。
たから、投げかけられた言葉に驚きはしなかった。
「ゆり子さんはさ、堤さんと付き合ってない?」
目の前の上司は私より少し若い。
その年で、その地位の席に座るための努力を側で見てきた数年間がある。
そして、彼のプライベートのほとんどを管理していたのは私。ついこないだも上司の愛人のマンション管理を更新したばかりだった。
キーボードの手を止めて、顔をあげて静かに答えた。
「なにか、誤解を招く行動があったなら申し訳ありません。」
表情からイライラが伝わる。
「俺の誤解?そんなはずないよ確認してんだから」
上司の肩越しの時計が次の会議の5分前を指している。
「・・・次の会議は第2会議室です」
会議室への移動を促した。
「これは、信用問題に関わるから。会議後に話し合う。」と言い残し荒々しく部屋を出て行った。
上司と入れ替わるようにコンプライアンスオフィサーが私の席に来た。
この、コンプラ担当の素性もよく知っている。
この部署に配属されて間もなく、飲み会の席で赤ら顔で私の手を握って耳元で「この後どうする?」と誘ってきたのもつい最近のことだ。
こんなコンプラ不適切な人にヒアリングされるなんてまっぴらごめんだわ。
彼はばつが悪そうに目の前に座って、私の上司から指示されて入退室記録を調べたり堤との接点を探し出そうとしていたと聞かされる。
私は「なにか有力な目撃情報でも入りましたか?」と聞いてみる。
やれやれ感を前面に出しながら「正直言うとね、スタバで二人で珈琲飲んでた位しか目撃情報はなかったよ。でも、付き合っているとは信じがたいな、本当なの?」
「珈琲飲んだだけで付き合っていることになったなら、私は数十人と付き合っていることになりますけどね」
この場は苦笑いで済まされない。
コンプライアンスオフィサーはその立場上、本社へ報告義務もある。
そもそもこの時は、堤と昼休みにランチやスタバには行くものの違う部署だしフロアも違う。
嘘をつく必要はない。
堤と一線を越えていない。
付き合ってと言われて答えは濁しただけだ。
そこへ、上司が堤を連れて部屋に戻ってきた。
上司に席を外すよう、目線で指示される。
事情は既にわかっている様子で、堤は私を見なかった。
なぜか、とても悲しい気持ちになった。