由依side

朝。

まぶたの裏に、ふわっとした光が差し込む。
それと一緒に、やわらかくてあたたかい布団の中の温度が、肌にじんわり広がってくる。

――その“温度”が、自分ひとりのものじゃないことに気づいて、
私は、そっと目を開けた。

「……っ……」

すぐ目の前にあったのは、
頬にかかる髪と、寝息の混じる穏やかな吐息、
そして――私の腰にまわる、ぴたりと吸いつくような腕。

(……夢じゃ、なかったんだ)

昨夜のことが、少しずつ、フラッシュバックのように脳裏に蘇る。
キスの味、
肌に這う指先の熱、
身体の奥まで満たされて、何度も名を呼ばれたあの瞬間。

思い出しただけで、心臓がまた跳ねる。

理佐先輩の胸にぴたりとくっついたまま、私は身じろぎもできずに、ただそっと目を伏せた。

(……私、本当に先輩の“もの”になったんだ)

嬉しいのに、くすぐったくて、なんだか恥ずかしい。
でも、それ以上に、胸の奥がじんわりと満たされていく。

そのとき、腕の力がきゅっと強くなった。

「……ん、……おはよう、由依」

耳元に落ちてきた、まだ眠たげな声。

「っ、……お、おはようございます……」

小さく声を返すと、先輩が、ゆっくりと私の額にキスを落とす。

「……ごめんね、昨夜……ちょっと、我慢きかなくて」

「……ううん。むしろ、嬉しかった……」

ぎゅっと抱き返すと、先輩の胸に頬が当たって、
そのぬくもりに包まれる。

「……由依のこと、大事にしすぎて……怖かった」

「……知ってる。分かってた」

「ほんとに?」

「うん……でも、だからこそ……触れてほしかった、です」

声に出してやっと、胸の奥に絡まっていた不安が、すうっとほどけていく。

理佐先輩は、小さく息を吐くと、
今度は私の手を取って、唇をそっと落とした。

「……じゃあ、もう、遠慮しない」

「……え?」

そう言って、また唇が重なった。

それは“おはようのキス”じゃなかった。
触れた瞬間から熱を帯びていて、
肌の記憶を呼び覚ますように、舌がそっと割って入ってくる。

「っ……せんぱ、……ま、また……?」

「……朝から、触れたくてたまらない」

「や……でも、わたし、昨日、けっこう……」

「……それでも、足りない」

耳元で囁かれながら、
理佐先輩の手が、ゆっくりと私の身体をなぞり始める。

昨日よりも自然に、甘く、深く。
もう我慢もしない。
遠慮もされない。

ふたりの境界線は、昨夜、全部消えてしまった。

(……この人に、全部奪われて、良かった)

そう心から思える、幸せな朝。

そして私は、もう一度、静かに理佐先輩の胸に抱きしめられて――
甘く、熱い余韻の中に、ゆっくりと沈んでいった。


𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄


シャワーの音が止んで、
浴室のドアがカチャリと開く。

「……ふぅ、すっきりした」

バスタオル一枚を纏ったまま出てきた理佐先輩は、
濡れた髪を無造作にかき上げて、いつもより少しだけ気だるげな顔で、私の方を見た。

目が合った瞬間――思わず、ぎゅっと毛布を引き寄せた。

「……なんで隠れるの?」

「だ、だって……その、まだ……見慣れてなくて……」

「昨日あれだけ見せてくれたのに?」

くすっと笑って、理佐先輩がベッドの端に腰を下ろす。
まだ少し湿った体温が、布団越しにじんわり伝わってくる。

「……恥ずかしいです」

「うん、かわいい」

即答だった。
一瞬、時が止まる。

「っ……ずるい……!」

頬を覆った私の手を、先輩の大きな手がそっと引き剥がす。

「……朝ごはん、どうする?」

「え……」

「何か食べたいものある? 冷蔵庫、あんまり入ってなかったけど」

その言葉に、私は胸がじんわりと温かくなるのを感じた。
今までなら、「朝ごはん」とか「一緒に食べる」なんて、
なんとなくぼかされてた時間。
けど今日は、ちゃんと“ふたりの朝”だった。

「……食べたいもの、あります」

「なに?」

「……理佐先輩の作った、卵焼き」

「……ふふ、かわいいこと言うね」

頬にキスを落とすと、先輩はさらりとバスタオルを巻き直しながら、立ち上がった。

「じゃあ、着替えてくる。……由依はベッドで待ってて」

「え、手伝いますよ!」

「……ダメ。歩き方、ちょっと変だから」

「っ! な、何それ! ちょっとぉ……!」

布団をかぶったまま暴れる私を見て、
理佐先輩は笑いながら、寝室を出ていった。
その背中が、昨日よりずっと、近く感じる。

(……ちゃんと、好きって、伝わったんだ)

背中に残る爪痕。
耳の奥に焼きついた、囁き声。
今朝、朝日に照らされていた理佐先輩の寝顔。

どれも全部が、夢じゃない。
昨夜から今朝にかけて、私は――ほんとうに、“恋人”になれたんだ。

毛布に顔を埋めて、小さく笑う。

「……理佐先輩、大好き」

つぶやいたその声が、少し震えていたのは、
たぶん、幸せすぎて胸が詰まってたせい。



理佐side

フライパンに卵液を流し込みながら、
不意にこみ上げてくる笑いをこらえる。

(……歩き方、やっぱり変だった)

由依は知らないだろうけど、
あの背中を見送ったとき、私はたぶん、人生で一番幸せだった。

昨夜、あの子を抱いて。
何度も名前を呼んで、触れて、抱きしめて――
「好きだよ」って、ちゃんと伝えられて。

ようやく、肩の力が抜けた気がする。

「……もう、離さない」

ぽつりと、独り言。
誰も聞いてないキッチンで呟いた言葉は、
自分に対する決意だった。

今までは“大事だから触れなかった”。
でもこれからは“大事だからこそ、ちゃんと触れていく”。

ふたりで生きていくために。
ふたりで、ずっと朝を迎えていけるように。

(……よし)

ふっくら焼き上がった卵焼きを皿にのせて、
私は寝室に向かって声をかけた。

「由依ー、朝ごはんできたよ」

「……はーい!」

あの甘い声が返ってきた瞬間、
私は、これから先の毎日がもう、楽しみで仕方なかった。


由依side

「……うん、これ、好きな味……」

口に入れた瞬間、ふわっとやさしい甘さが広がって、
ついふにゃっと頬が緩む。

「ほんと? ちょっと甘めにしてみた」

理佐先輩は、マグカップを両手で包みながら、私の反応を見て嬉しそうに笑った。

朝日がカーテンの隙間から差し込んで、
テーブルの上の水のしずくがきらきら光ってる。
着ているのは、昨日の先輩のTシャツ――
ちょっと大きめで、袖が手の甲まで隠れるのが、妙にくすぐったい。

「……なんか、変な感じするね」

「なにが?」

「こうして朝ごはん一緒に食べて、私……理佐先輩のシャツ着てて、台所から卵焼きの匂いしてて……なんか……」

「“恋人”っぽい?」

その一言に、こくりと頷く。

恥ずかしくて顔を伏せたけど、
スプーンを持ったままの手を、そっと理佐先輩が握ってくれた。

「……恋人だよ、私たち」

その言葉を噛みしめたら、
さっき食べた卵焼きよりも、心がずっと甘くなった。



朝ごはんのあとは、ふたりで食器を洗って、
それから、理佐先輩が録画していた映画をのんびり観た。

でも――正直、内容はほとんど入ってこなかった。
だって、ずっと手を繋いでたから。
途中、理佐先輩がぽつりと「眠い……」と呟いて、
私の肩にもたれて、そのまま目を閉じてしまった。

(……寝顔、やっぱりずるい)

長いまつ毛と、きれいな横顔。
こんな近くで見つめられるなんて、夢みたいで。
私はそっと、髪を撫でた。

まるで猫みたいに、小さくぴくりと反応するのがかわいくて、
そっと指先で額に触れたら……

「……くすぐったい」

「起きてたんですか!?」

「うん、ちょっと前から」

ぼそっと呟きながら、
理佐先輩は眠そうな顔のまま、私の膝に頭を乗せて、ぐいっと落ち着いた。

「……もう少し、こうしてていい?」

「……うん」

大きな窓から夏の光が差し込むリビングで、
ソファに寄りかかって、ずっとぬくもりを感じてる。

それだけのことが、こんなに幸せなんだって。
私は今日、初めて知った。



午後は、一緒にスーパーに行って、
少し贅沢にスイーツを買った。

「これ、前に好きって言ってたよね」

「覚えてたんですか?」

「うん。ちゃんと聞いてた」

当たり前みたいに返されたその言葉が、
くすぐったくて、誇らしくて――
レジの列で、そっと袖を引いた。

「……好き」

「……私も」

それだけで、心がぽっとあったかくなった。



夕方、帰ってきてソファに並んで座ったまま、
私はお風呂あがりの濡れた髪をタオルで拭いてもらってた。

「……子どもみたいって思ってるでしょ?」

「ううん、かわいいって思ってる」

すぐにそう言えるところが、ずるい。
口では照れて「ずるい」って言うけど、
内心ではずっと、嬉しくて嬉しくて――

こうして肩を並べて座って、
くだらないテレビ番組に一緒に笑って、
買ってきたケーキをふたりでつついて。

そんな何でもない時間の中に、
たしかに“ふたりの生活”があって。

このままずっと、
“帰る場所”がこの人であってほしいって――
心から、思った。



夜、ベッドに入って。

「……今日、一日中一緒にいられて、嬉しかったです」

「うん。……これからも、こうしていけるといいね」

その声は、あくまで穏やかで静かだけど、
ぎゅっと抱きしめてくる腕は強くて。

「ずっといようね、由依」

「うん。ずっと、離れません」

目を閉じて、そっと口づけを交わしたあと――
何も考えずに眠れるぬくもりの中で、
私は、人生でいちばん幸せな眠りに落ちた。







リクエストありがとうございました