先日、
父が退院する運びにおねがい



退院の日、
母を連れて一緒に行くことも出来たけれど

まず母を迎えに行ってから父を迎えに行くのが
ちょっと億劫なのと


父が施設に入ってからの
母の父に対する関心の無さを
知っていたので


今回は
一人で行ってみようと思ったニコ


前回、
父が救急病院に運ばれて
駆けつけた際

具合も悪いのもあってか
あたしのことを覚えてなくてニヤニヤ


なので、もし
あたしだけで行って
「誰だお前は」的なことになったら
どうしようチーンとは思ったけれど


とりあえず、
行ってみたニヤニヤ


迎えに行ったら
父は車椅子に乗せられ
大人しく現れた。


あたしを見ても
キョトン顔だニヤニヤ

やっぱり、あたしを
忘れているタラー


大丈夫かな?と思ったけれど
とにかく
大人しくはしているから
車まで行ってみようと思った。

ダメならダメでその時
考えりゃいいやってね


父の荷物が載ったカートをあたしが押して

看護師さんが
車椅子に乗った父を押してくれて。



車に着いて
「これに乗るよ。前もこの車乗ったよね?」
ってあたしが言ったら


「うん。」と言って
何とも大人しく車にスンナリと乗った笑い泣き

ひとまず、ホッチュー


そして、
車まで運んでくれた看護師さんに
お世話になったお礼にお茶菓子を渡して。


「受け取れない規則なんですよタラー
と言ってたけれど

処分してもらう形で受け取って
いただけないですか?というと
受け取ってくれた。


いろいろ、
お世話になったことへの感謝。

こちらの気持ちが済むためにも
渡している。

どうにも、
頑として強固な姿勢で拒絶されたら
さすがに渡さないけれど

一回くらいのやり取りで
拒まれなかったら
大丈夫だろうという自分ルールだニコニコ



そしていよいよ

今日1番緊張感漂う

父を後部座席に乗せて
一人でホームまで運ぶ時間。


父は、以前
施設に入る時に乗せて行った際の
荒ぶっていた時とは全く違って


とてもとても
大人しく乗っていた。


父からすると、あたしの顔も忘れているから

誰だかわからない人の車に乗ってるということに
なるんだけれど


それでも、
怖がることもなく
ただ、走る車の窓の外の風景を

興味深そうに
見ていた


途中、
「寒くない?」

「うん。」

「大丈夫?」

「うん。」


たったそれだけの会話の
20分のドライブお願い


でも、
何か通じ合えてる気がして
あたしにとっては
決して悲しくない

ホッコリした時間だった。




何事もなく
ホームに着いたあとも


以前していた
入所時のときのような
拒否もせず


用意された車椅子にすんなり
乗って
中に運ばれて行った。



あたしは、
その間に
父の部屋に行き荷物を運び入れ
いろいろと整理していたのだけれど



以前、
面会の時に「帰る!」と言って
話を聞かなかった際持っていた
手荷物がそのままあって。


何が入ってるんだろう?と思い中を見たら

プラスチック製の使い捨て用手袋が
わんさか入っててゲロー

何に使おうと思ったんだろう?とか

この使い捨て手袋が
脱走しようとしていたあの時の父にとって
なぜかとても重要だった物なんだな
とか思ったりして。


ちょっと切なくなった。



きっと、
以前の面会時に何としても
帰ろうとしていたその時期が

認知症の進行と共に
時に正常になるときとの狭間で
父は闘ってたんだろうな、って思えて。


だから、
ひたすら「帰る!」と言い張って
聞かなかったんだろうな。

何で使い捨て手袋が
多量にあったのかわからないけれど

自分のなかでは、
これがあれば大丈夫と思って

施設から
少しずつ少しずつ、くすねてきて
集めてたんだろうな。


でも、
今はその袋の中身を自分で開けることなく
その存在も忘れるくらいに

穏やかな世界になってきたんだろうな。


ただ、思い出せなくなって
きているのかも知れないけれど。


荒ぶらなくて良い世界は
楽なんじゃないかと思う。



⭐︎


今回、
入院に関して思ってのは

施設からで良かったなということ。


母が
薬や書類関連を管理してた状態からだと
とてもじゃないけれど何も揃わなかったろうし。





そもそも施設に入所する際に
母の準備が揃わな過ぎて

これから生涯住むかも知れないところに
夫を送り出す身として

こんなに愛が無いものなのか、と

当時
あたし的には
とても悲しくなったのだけれど。


入所時に何も用意が無かったものだから

今回の入院時はいろいろ買い足さなくて
いけなくて
大変は大変だったのだけれど


それ以外の
薬や書類関連や
個人に対しての注意事項などの
手紙の用意などもしてくれてて


本当に楽だった。


やっぱり、
お金をもらって仕事をしているプロなんだな、
と改めて感じた


今回、
退院して送ってきた際

念のため施設の方には
「どうやらあたしのことは忘れたようなんです。」と伝えると
「あら‥」とどう言葉をかけていいのか
わからないようだった。


どう答えていいのか
わからないような話をしてしまったけれど。



でも今
父は認知症が進んでそうなっているけれど


魂では、あたしのことを
覚えているんじゃないかと思っている。


だから忘れられていても
あたしは平気なんだろうなと思った。



父が、
退院してから急に穏やかになっていたから

施設の人も驚いていて。



前より
父も施設の方もどちらも楽になるのは
いいことだな、と単純に思う。



父、
入所してちょっと経ったころに
施設から

自覚ないまま、ずっと
父が「うんうんうん、うんうん」と
いっていて。


それを他に入所している方から
うるさくて
深夜にやられると寝付けないとの苦情が入り

そのため
部屋を移しても良いか?との
連絡があったことがあって。


もちろん、
「大丈夫です。よろしくお願いします。」と
お願いしたのだけれど。


あの頃はきっと
何か妙なものが取り憑いてたのかもな、と
思っている。


酒、酒と騒いで
みんなに迷惑をかけなくなったのも

きっと
妙なものがとれたんだろうな、と。


だとしたら
やっとそういうものから解き放たれたのかな
と思う。



このまま穏やかに
過ごしてくれたらいいな。




あたしも、
出来るだけ
あちこちに愛をもって

なるべくは
穏やかに生きたいと思っている。



⭐︎




友達に
父があたしのことを忘れてるけど
魂は覚えてくれてると思う、という話をしたら

「時が経っていつかあちらの世界で再会するときは由香ちゃんにありがとうって言って笑顔で迎えてくれると思うよ✨」

と言ってくれたお願い



まだ、
お互い生きてるけど


その時が今から楽しみだなデレデレ



それには


あの世に帰っても
なるべく後悔が少なくなるよう


今生たくさん
したいことをして
楽しまなきゃだな爆笑



⭐︎


父を施設に送った後、
一人カフェデレデレ

フラッフィーパンケーキ🥞💛↑


苺スムージー🍓💛↑



初めてだったな、一人で
カフェって

でも、
すんなり入って
バクバク食べて、本読んだりしてピンクハート

楽しかったなラブ



そのあと、
早めに仕事が終わる予定の
娘を迎えに行って

てんやの天ざるそば食べて爆笑


蕎麦が

美味しくて、天ぷらも揚げたてで
めちゃくちゃ美味しかったデレデレ



入院の際、いろいろあったけれど
父があんな風に
病院でも手厚く看護されて

施設でも、
安定した介護をされて


本当に、
日本て国は

まだまだこんなにあたたかいんだかな、と
感謝が湧き出た。



父は若い頃から偏屈で
面倒な人で。

それでも、
そんな人が歳を取ったあとも
一人の人間として手厚く扱ってくれる


それが日本なんだろうな。



手を差し伸べれば
救われる。


しかし、自分から
何のアクションもなければ
誰も気づかないかも知れない。


だから、
恥ずかしがったり
謙虚なフリしてアクションを
起こさないのはもったいない。


あたしも、
この先更に歳をとって

困った時は
妙なプライドなど捨てて
ダメ元だとしてもアクションを
起こしていこうと思う。


誰かが気づいてくれるかも知れない
そんな素晴らしい世界を望んで爆笑





⭐︎



ではでは、また💛



⭐︎おわり⭐︎