先日、
日付が変わるくらいの深夜に

父がお世話になっている施設から
連絡があり



父は
みぞうちの辺りを痛がっていて
熱があるとのことだった。

なので、
「このまま救急車を呼びます」と。


すぐ、
母に電話すると
タクシーを呼ぶお金がないから
あたしは行けないと言われタラー


ちょっと前にまとまった金額が
母に入ることがあって

それはどうしたか尋ねると
すべて一人で
使い切ったとか


父は、
施設に入所してるけれど

籍は夫婦のままなのに
全部一人で使ってしまって。

こういう緊急事態に
取っておく、とかない脳みその持ち主チーン


時間も時間だし
ひとまず
自分だけ行けばいいか、と思い

施設には
父の搬送先が決まったら連絡をくださいと
伝えた。


その夜、
うちの旦那さんは
父の日に娘からもらった
鳳凰美田(日本酒)のゴールドフェニックスを
たらふく呑んでぶっ倒れてて


仕方ない、一人で向かうかと
思ったけれど

たまたま翌日に休みが取れていた娘が
付き合ってくれることになりお願い


搬送先がやっと決まった深夜2時過ぎに
国道をトコトコ走りながら2人で病院へ
向かったニヤニヤ


着いたら、
深夜の病院内で

父が、なんだかんだと
文句を言ってる声がチーン


「あぁ、ひとまず生きてるな」と思った。


運んでもらって
いろいろ処置してもらってるのに

相変わらずどこ行っても
手を煩わせているタラー


お医者さんと、看護師さんは
おのおのワンオペで
大変そうな感じで。


看護師さんから

放っておくと
勝手に点滴を抜いてしまうので
見ててほしいと頼まれタラー


近寄ってみると
父はもうあたしが誰なのか
わからなくなっていた。



普通は、
それってショックなんだろうけれど
あたしは何故かそうでもなかった。


なぜなら
ずっと父があたしや母のことを覚えていて
施設から自宅に帰りたいのに帰れないという日々を送られている方が
あたしは罪悪感に苛まれてしまうからだ。


忘れられてて良かったな、
なんて思っていた。



見れば、以前より更に
骨と皮だけの体になっていて


背中を丸めて
縮こまって
「寒い、寒い」って震えていた。


その日、
世は真夏日。

なのに、
ずっと寒がっていて。


筋肉が減ると
本当に寒くて仕方なくなるもんなんだと
おもった。



忙しくしている
看護師さんには
申し訳ないけれど

「かなり寒がっているので
掛け布団を貸してもらえないですか」と頼み

布団を掛けたら、
少し落ち着いた。


しばらくすると
今度は
「眩しいから電気消してくれ」という。

「いや、救急病院だから無理」
と言っても眩しがるので


頭まで布団被ったら?と
被せると、それは拒絶


その
縮こまって

うーうー唸ってる
義父を見て、あたしの娘は


赤ちゃんみたいになった
「ヴォルデモートみたい」って言ってて

あたしは「確かに」と思った。


ハリーポッターの最終話の
「キングクロス駅」
(生と死の間の世界)で
赤ちゃんみたいに縮こまって
蠢くヴォルデモートが出てくる場面が
あるのだけれど

まさにそんな感じで。



何か、見た目同様
ホントに赤ちゃんみたいになっちゃって

自分の感情にいちいち正直なんだな、と
思う。


見た目、おじいちゃんだけれど。



それで、
深夜にも関わらず
いろいろ検査していただき

結果、そのまま入院という形に
なったのだけれど


何だかんだで
病院を出たのは朝日が昇って
日差しが眩しい6時半過ぎゲロー


家出てから、
4時間くらい経ってて。



娘も
よく付き添ってくれたなと思う。


口が達者で
頭の回転数が早くて
真を突くことが得意な娘だけれど

血も繋がってない義理の祖父のため

もしくはあたしの為に
とてもとても
虚無な時間を過ごしてくれたように思う。


その日は、あたしも珍しく
1日に2コマのレッスンがあり
行き帰り2時間弱くらいを2往復して

寝ないまま、
そんな夜明けを迎えて
結構クタクタにはなった



でも、
帰りに(朝だけれど)
どんな時でも楽しみを見つけるのが得意な娘が
「モーニング寄ろう」と提案してくれて


ずっと、
行きたがってたお店のモーニングに
行くことにデレデレ


むさしの森珈琲へ


朝の7時の開店時でも
もう入店待ちの人たちがいて
人気度がうかがえるお店。

自宅からは、
1時間はかかる場所だから

オープンから入れるなんて
今後ないくらいのラッキー感🤣



エッグベネディクト🥚と

スフレパンケーキ🥞💛



アイスコーヒーとキャラメルフローズンも🍹


娘いわく、
今までで一番美味しい
エッグベネディクトとスフレパンケーキだった
みたい爆笑




美味しいモーニングを食べて
一度家に帰り、
また入院の用意をして

出なければなかなかったのだけれど。


旦那さんは
夜中に
「孝が倒れて救急搬送されたから
これから行って来るよ」って娘に一度
起こされたけれど
ゴールドフェニックスにより夢うつつで💧


朝方、
6時くらいに起きて

車がなくて
あれは現実だったんだと愕然として
連絡してきたっけ。


いや、
呑んだあとの出来事だったから
旦那さんは全く悪くないんだけれど

家の有事のときに
何も出来ず寝ちゃってたことに
慌てたんだろうな。

あとで、
ブチギレされる案件かと
震えたのかもニヒヒ



いつもあたしの親のことでは
迷惑かけ放題なので
そんなことでキレることはないのだけれど


何かね、
あたしと結婚したがために

変な親たちが付随してきて
申し訳ないな、って毎回
何かあるたびに思うわけなんだけれど。


それと同時に

今の自分が作り上げた家族によって
救われていることに

本当に自分は幸せだと
感謝の気持ちでいっぱいになる。



本当なら、
金があろうがなかろうが

母がやるべきことだったりするわけで。

年は重ねてるが
パチンコ三昧を送れるほど
元気なんだからね。


その母が、
全くのノータッチで
やる気すら出さない愛のなさで。


それを、
咎めもせずに
あたしをサポートしてくれるんだから
本当にありがたいんだ。



⭐︎


モーニングから
家の帰路につき


旦那さんは、癖で
目をシュパシュパさせながら

キレられなくて良かったなって
安堵の表情浮かべてた。


それで、
あたしは全く寝てなかったもんだから
少し休んで


また同日の夕方に
今度は旦那さんの運転で
3人で
入院の荷物を持っていって出かけた。


父はふとまず
安定してるというのを聞き
安堵して。



帰りはまた、
美味しいもの食べようぜぃって
娘が言い出し


前から気になってたラーメン店へニコニコ


ドゥエ イタリアン✨
  • 醤油玉子らぁ麺


  • らぁ麺フロマージュ


  • 黄金の塩らぁ麺


  • 柿酢つけ麺



あたしは、
醤油らぁ麺が推しだデレデレ


何か
いろいろあったけど

大変なときでも

ちょいちょい楽しいことも
付随させることで
辛さも半減するんだなと納得


まだ退院やら何やらで
バタバタするだろうけど

家族の存在や

自分の肝の入り方で

何とかなるだろうと思うし
そこに無駄に不安にはならない。


時に、
なるようにしかならない時もあるから
それはそれで良くて。

でも、
自分の力で
どうにかいい方向に引き寄せることも
できることも学んだお願い



ちょっと前の自分より


どんどん
自分のことが好きになっているし
信頼している。


前は
自分のダメなとこしか数えなかったな。


ダメな部分も
魅力的だと思う部分も
どちらの自分も今は好きになれている。





しかし、
今回は入院時に
父の名前をたくさん書いたな。


書類もさることながら
パジャマや下着や
身の回りのもの全部に書いたニコニコ


娘が
幼稚園や小学校のとき以来かな。


良い名前だな、と思いながら
書いた。


今後、
認知症が進んでも
義父の心が穏やかになっえてくると
いいなお願い




今回も
あたしにとって
良い経験となった。




⭐︎



ではでは、また💛




⭐︎おわり⭐︎