74歳の手習い
「河内音頭」のCさんに電話した。
お元気でお変わりないのは想像できたが、定期的に企業セミナーの講師で忙しいとの事!それが早朝6時半からなので準備も含めてなお凄い!やはりお元気でした!
「あの後病院に何人送り込んだか解らないわよ~~~」
10日間入院中もお見舞いの人が多かった~その人達がほぼ全員先生の診察受けてきた~とは聞いていたが~あの後も変わらっていないようだ。(娘さんと旦那さんは次の週に入院したし~~~)
その後セミナーでの挨拶も民謡大会の挨拶にも先生の点滴療法から始めるので今は「点滴相談セミナー」でも開こうかと思っているという。
凄いとしか言いようがない!
私も退院後、自身の回復を同じ病いを抱えた人達に伝えたいと思ったことがある。ご本人にはなかなか会えないがそれぞれの家族の人達に先生の本を渡してお話ししていた。ただこの地方から東京までは遠い!新幹線に乗って2~3回乗り継いででは普通の人でも覚悟がいる。ましてや、今診察を受けさせたい人はどこかに不自由を抱えている。
もし可能なら、、、先生に点滴を受けられる病院をもう少し西寄りに一カ所作って貰えないかと思った、、、、、けれど、、、、、
最近、ある方のコメントで先生が都内で脳梗塞のカウンセリングしてる日(日曜日)を設けているのを知りました。
じゃあ先生は週7日全ての日が病院という事になってしまってる!!!
自身のお身体は大丈夫でしょうか、、、
先生が心配です、、、
Bさんは元気に「カラオケ行ってる」と仰った
けれど声が小さい。大きな声の人だったのに、、、
「ジャンプしてるの?」と聞いたら、「あの時は出来たけどね、、、」
皆の応援があったから「ジャンプしちゃったけどね」、、、
「何にもしてないから、、大事にして貰ってるけどね、、さそわれてカラオケだけね、、、」心なしか声も小さく話し辛そうなきがした。
戻ってはいないけど、体の大きなおばあちゃんの姿を想像してしまう。
あの歌謡ショーでの元カラオケ歌手の声の張りが微塵もない、、、
一刻の回復だったのだろうか、、、少し不安になった、、、
(映画yドラマで観る「奇跡の回復」後の逆戻りのようなものなの?
私は退院後、すぐお店に戻った。
まず皆に目が開くのを見て貰いたかった。
壁を手で伝いながら歩いていたのを、通路の真ん中を歩くことができるようになったのも見て貰いたかった。
フラフラもぐらつきもないから、長時間立って仕事するのも試してみたかった。
昼席と夜席両方やっても息切れも動機もしなかった。
10日間、歩いて仕事してがなかったから筋力が落ちてしまってるんじゃないかと心配していたがそれも感じなかった。
ただ、目の焦点を合わせるのは相変わらず時間が掛かった。
(多分、、、正面から私を見る人は斜視が戻る様子を目の当たりにしてるかもしれないが何も言わなかった)
脳梗塞の診断が下され、退院が2週間延びたあの時、、、
車椅子移動で廊下を見渡した時、私は白い杖を覚悟した!
それより外へ出るってことを止めればいいと思った!
点滴療法を想い切るのに、1年10カ月かかったけど、、、
とにかく私は元気になれた~~~