テストテストテスト
そういうゲーム。
ピンチヒッターの妹です。
みなさまにはいつもお世話になっています。
湯川真紀子は、
去る6月15日、20時49分に旅立ちました。
ブログを読んでくださっていたみなさまには、
しばらく更新がなかったのでと、ご心配をおかけしました。
姉ほど文才がないので読みづらい文章になっていると思いますが、
湯川真紀子最後のブログに、私が綴らせていただきます。
今年の初め頃、姉からある本が贈られてきました。
ヨシタケシンスケさんの、「そういうゲーム」。
息子が、「読んでー!」
とおねだりしてきたので読み進めました。
最初の方は、
息子たちもやりそうな、あるあるの自分遊び。
そういう自分なりのゲーム。
普段やるやる!的な「そういうゲーム」
が、いくつか書いてあります。
横断歩道の白だけ踏む、落ちたら負け。
の、ような
「やるやる!」な、ゲームがいくつか書いてありました。
面白いねー、やるよねー、とか言いながらどんどん読み進めていくと、
「大好きな人がいなくなっても、意外とどうにかなる。そういうゲーム。」
そんな一文が目に飛び込んできました。
そこから私は、言葉につまり、読みすすめられなくなってしまいました。
お笑いやお芝居のステージでピョコピョコ跳ねたりとんだり、歯磨き粉になったり、けん玉やったりしていた姉。
友達は推し活に忙しいんだー、この子はお酒が大好きでねー、美味しいお店いっぱい知ってるんだー、友達が今度テレビに出るから観てねー!とか、友達の話を楽しそうにいつも話してくれていた姉。
ベッドで本を読みながら寝ていた姉。
毎日毎日、ツイッターのようにLINEで私とやり取りしていた姉。
私が連絡忘れていると、甥っ子の写真を欲しがっていた姉。
甥っ子たちに連れられて、ポケモンGOに本気で付き合ってくれていた姉。
なんか変なよれよれのTシャツを着て、自撮りのキメ写真送ってきていた姉。
なんか変な鼻歌を作っては、エンドレスで歌い続けていた姉。
ちっこいのにひょこひょこ人混みをかき分けて東京の街を歩く姉。
それなのに何もないところでズッコける姉。
病気で自分がしんどいときも、看病していた私や母の体を気遣って「よー休まれよー」と言ってくれていた姉。
副作用で髪がなくなったとき、自分が人からどう見られるかより、自分を見て同じ病気の人がどう思うかを気にしていた姉。
体感で余命に気付いていたはずなのに、そんな深刻な最中でも、スマホゲームでレベルをあげていた姉。
私は、そんな姉のことが大好きです。
それを知ってから知らずか、
「私がいなくなっても、なんとかなるよー」
その本は、姉のそんなメッセージを伝えてくれていると感じました。
通夜、葬儀が終わり、姉と関わってくださっていたたくさんの方とお話して、
姉がどれだけ多くのみなさんに愛されていたか、
どれだけ可愛がってくださっていたか、
知ることができました。
早すぎるお別れでしたが、
その分、姉は、
たくさんの面白いことをみつけ、
たくさんの人を楽しませ、
たくさんの方々に愛された、
姉の人生はまさに「そういうゲーム」
だったのだと思います。
私は、
来世も姉ちゃんの妹で生まれたいよね〜なんて、
そんなこっぱずかしい台詞は口が裂けても言えない言わないのですが。
(いやいや生まれ変わったら石田ゆり子とか永作博美みたいなお姉ちゃんがいいなぁ)
これからは、
ちょっと楽しい、
ちょっと面白いことを今以上にたくさん見つけて、
いつか姉のところへ行ったとき、
あれからこんな面白いことあったよ!
楽しかったよ!報告したいと思います。
息子たちの成長報告もしないとね。
またビール飲みながらいっぱいお話できたらいいなー。
ハイボールでもいいよ。
私は、これから、
「大好きな人がいなくなっても、
意外とどうにかなるゲーム。」
そんなゲームの始まりです。
姉に関わってくださった全人類のみなさま、
クソお世話になりました!!!!!!!!
これでほんとに終わりなんじゃ。
チャンチャン。

