まるこの心のままに

まるこの心のままに

うれしい時も、悲しい時も、くやしい時も、楽しい時も
 明日を笑顔で迎えるために、いつも心に正直に・・・

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24年前の今日、
生まれて初めての経験をしました。


小学2年生だった私は兄と同じ部屋の
二段ベッドの下ですやすや眠っていました。
時計の針が5:46をさしたとき
突然突き上げるような衝撃が襲いました。

今でこそ「突き上げる」という言葉を選べますが
当時は地球が割れたような感覚。


勉強机の棚に積んであった公文のプリントが
まさに雪崩のように流れ落ち、
とっさに布団を被り、収まるのを待ちました。

揺れが収まったと同時に母が子供部屋に来て
「大丈夫?!ケガはない?!」と。

何が起こったかイマイチ分からないけれど、
ただただ動揺した心を落ち着かせながら
崩れ落ちた物を拾い、整えました。


「地震だったんだ」


と、冷静に把握したのはその後。
(兄はなんと!寝ていました笑)


眠れなくなったので、早いけれど居間へ。
テレビをつけたら全てのテレビ局が
それはそれは慌ただしく
地震のニュースをはじめていました。


揺れた時の神戸の映像が映った時は
「ここよりすごいんだ...」
と思っただけでしたが、
次に映し出されたリアルタイム映像に絶句。

まるで火の海。
夏休みの全校登校日に見た戦争の映画を思い出さずにはいられない衝撃的な光景。

それからの毎日は震災のニュースばかり。
毎日映し出される現地の映像。
どんどん増えていく死者数。

感受性豊かな小学生の私にはあまりに重く、
ついにご飯が喉を通らなくなりました。

自分と同じくらいの子供の命の火が消えること
突然、家だけでなく家族さえも失うこと
瓦礫の下で生き埋めになっている人や
そのまま亡くなって発見されていない人もいる

色んな人の気持ちに(勝手に)心を寄せて
(勝手に)心のバランスが取れなくなったのです


その後、神戸からの転校生が続々来て、
学年が賑やかになったのは唯一の良いニュース。


私が「明日やろうは馬鹿野郎!」と言うのは
明日生きている保証はどこにもないから
今日を全力で生きる、という考えから。

今思えば、この頃感覚的に学んだのかも?
...なんてのは分からないけれど、
当時の日記には
「私の家族がみんな生きていて嬉しい。でも喜んでごめんなさい」
と。

なんとも複雑。


私にとって忘れられない1.17
これからもこの日が来たら思い出すでしょう
当時の自分が受けた衝撃を...
そして、今生きていることが
素晴らしい奇跡だということを...