3月生まれの長男が3歳になるちょうど、2019年3月に電動自転車を買った。
理由は4月から始まる幼稚園への送迎が必要だったからだ。
自宅から歩いて子供の足で20分以上かかる幼稚園までの道のりは、電動自転車だと10分もかからずに感動した。坂道が多い住宅地の中をスイスイと走り回る愛車に、無敵とはこの事だ、と感じたものだ。
妹が生まれ、一年後、前後に子供を乗せる仕様に変わった後は、馬車馬のように働いてくれたと思う。前のシートに乗せる時に妹を持ち上げたところぎっくり腰になって、鍼に通った事もある。毎日走る愛車は度々メンテナンスをしながら頑張ってくれた。
その後弟が生まれた時は、まだ年長の長男、2歳児の娘に0歳児の次男を抱っこ紐でおんぶして、4人がかりで自転車に乗った。
雨の中3人の子供を抱えて自転車で移動する時に
縁石でスリップして、娘が頬に怪我をした。
その日車を購入する事を決めた。
夫は反対をしなかった。
もちろん車は私たちの生活で大活躍してくれているが、小回りのきく電動自転車の登場回数は決して減る事はなかったように思う。
車と自転車を駆使しながら、それぞれの保育施設へ送迎したり、はたまた小学校に入り友人の家へ勝手に遊びに出かける長男を探し回ったり。そうこうしているうちに次男が腕を骨折した。
忙しすぎて理由がわからなかった。
日々が辛すぎてヘラヘラとする私を、親としての管理不足と病院が判断した。
その後2ヶ月はまたいつの日か話す、地獄の日々だった。
本当にギリギリの生活だったと思う。
誰か助けて。そう呟きながら子育てしていたことを思い出す。
時は流れ、子供達が9歳6歳3歳となり、育てる、より、家族として過ごす、という言葉が似合うようになった気がする。
実父が空へ帰って、認知症介護の世話が終わったのは心身共に解放されたことである。プレッシャーをかけられていた小学校受験も無事終了コンテンツとなり、次の4月、娘は念願の小学校の一年生になる。4年生の長男は中受に足を踏み入れ目標に向かい勉強に励む日々だ。
その毎日の騒がしい生活のそばに、いつも電動自転車がある。送迎はもちろん、食べさせる食事や生活用品の買い出しにも、電動自転車は付き合ってくれた。小学校のPTAの話し合いにも、園ママとのちょっとした朝お茶にも、徘徊する認知症の父を見つけて泣きながら連れて帰ったあの夜も、全部、出来事も私の気持ちも全てを受け止めてきてくれたのだ。
そんな電動自転車が、前のライトが外れ、タイヤがすり減って、ワイヤーが折れてしまったので、今日、修理に出してきた。
受付する時に話していて、前のチャイルドシートはもういらない事に気づいた。後ろのチャイルドシートも、もう3年でお役御免なのだと急に寂しくなった。
新しい自転車に買い替えようかなと思ったけれど、あと3年乗り切って、その次にシートがついていない普通の自転車を購入する方が良いのではと進められた。なぜなら、修理代7万円の一方で、新品のチャイルドシート付きの電動自転車は20万円を超えるそうなのだ。私が購入した時は12万円くらいだったのに。たった7年、物価高騰の波はこんなところまで来ていたのだ。
受付の方に言われるがままに修理をお願いする事にした。これで、安心して、1番下の子が年長になるまで自転車を使うことができる。
と言う事はつまり、後三年経ったら、この自転車はもう役目をおえるという事なのだ。
あと3年間弱、私に起こる全てを受け止めてね。未就学児の子育てを終えるその時その瞬間まで、私に起こる全てを見守っていてください。