YUKALOG

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*気まぐれYUKAの気まぐれブログ*

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私は相変わらず気まぐれなので、全くブログを更新していませんでした。

 

 

現状から書くと、父は生きています。

しかも、割と元気そうです。

もちろん、酸素吸入は欠かせませんが。

 

 

前回書いた記事の通り、昨年5月、父は公立の総合病院から、私立の病院へ転院しました。

治療のためではなく、療養のためです。

 

転院先では、それまで飲み続けていた高額の薬『オフェブ』が処方されないことがわかりました。

それを知った父は、ひどく落胆しました。

オフェブは、間質性肺炎の進行を遅らせるとされる、おそらく唯一の薬です。

少しでも回復する可能性を信じて、オフェブを飲み続けたかったのです。

 

しかし、オフェブは本当に高額で特殊な薬で、

急性期の患者を治療する大規模な総合病院でしか処方してもらえません。

 

父は、医者の前では説明を受け入れて理解したふりをするものの、

心の中では動揺していて、私や弟にメールや電話をしてきました。

 

父をどう納得させようか悩んで、そのヒントを得るため、

難病対策センターに電話をかけたり、主治医と話したり、色々と試行錯誤しました。

でも、なんとなく騙し、なんとなくごまかして、

納得してもらうしかありませんでした。

 

結局父は、もうその現実を受け入れるしかないと観念しました。

 

 

次の懸念は、さらなる転院でした。

 

 

先月、「長くて一年以内、来月亡くなってもおかしくない」と言われてしまった父。



昨日、弟が病院から呼び出されて、主治医と話したところ、「半年以内、今月でもおかしくない」と言われたそう。


予想が短くなってしまった。


そして改めて、転院を提案された。




父は今、公立病院に入院している。



先月、病状が改善したように見えた時には、リハビリとステロイド減薬のために、私立病院への転院を提案された。



でも、結局すぐに悪化に転じ、転院は見送られたのだけど。



今度はもう、治る見込みがないから、転院。

苦痛を取り除きながら、最期を迎えるための。






もうここまで来てしまったら、祈ることしかできなくて。


どうか父が、極力苦しまず、穏やかに旅立ちますように。

コロナのせいでろくに面会もできず、父の病状や体調がいまいち掴めない。



でも、父がだんだんつらくなってきていることは、メールがほとんど返ってこないあたりからも推測できる。




なんだかもう、あとは死を待っているかのようで、悲しい。


悲しいけれど、あまり考えないようにしないと、私の体調ももたない。


久々に生理が一週間遅れた。

平静を装って日常生活を送っていても、体はダメージを受けているんだなって思った。





そして突きつけられる、もう父が実家に帰ることはない、という現実。



母は、60代前半からかれこれ7年くらいずっと施設暮らしで、帰宅できる気配がないし。


帰りたいって言うけれど、帰るための努力は全くしないし。

帰らせてあげられない。





つまり実家はもう空き家…

あの、中も外も物でいっぱいの実家が空き家…


あれをこれから片付けるのかと思うと、ちょっと憂鬱。

業者を入れて一気にやってしまった方がいいのかな。




想像していたよりもだいぶ早くこの日が来てしまった。