父が7年前の5月に突然、旅立って母は、介護という苦労から解放されたのと引き換えにうつ状態に陥り、あんなに別れたいと言っていたのに「早くお父さんのところへ行きたい」と言い出した。食べるのを止め、ガリガリに痩せ、やたらな薬を体に取り込み、最後は、マイナスの気温の中薄着で家を出ようとして兄嫁に止められた。
これは異常だと心理カウンセラーにかかり、あんなに寝つきがいいのにわざわざ睡眠導入剤を出してもらった。ヘルパーさんにお世話になったが、相変わらず人間的な生活を送る気はなさそうで24時間は見ていられず施設の世話になった。
転がるように体は、動かなくなり、認知も始まった。車いすが目前に迫ってきた時にチック症とか・・リユウマチ、・・色々病を呼んできた。施設は医師がいたので色々面倒を見てもらったが、ベッドから落ちる、ドアに手を挟む、トイレで滑って転ぶ、とまぁ70台にしては、考えられないくらいの事をやってくれた。
最後は、排泄物を食べ始めた。自分の体をひっかき傷を作って血をなめ、かさぶたをはがして食べた。
施設では、自分のやりたいことを押さえるのは、虐待になるといわれ、血が出ようが、匂いがひどくてもやらせて自由だった。
つなぎの服を着せ自分では脱げないようにして食事も皆さんとは別に取るようになってしばらくした時にペースメーカーノ電池交換になった。
私は考えた。人間らしい活動しているならまだ長生きもいいが、犬や猫以下の生活をしている母の長生きは望みたくなかった。医師に相談してもペースメーカーを入れた時点で交換は医師の役目、本人以外は止められない。本人は、認知症がひどくて判断できない。やはり変えるしかない。
それから母は、牛のように下を長く出して自分の鼻舐めようと指を鼻の穴に入れ鼻くそを口に入れた。
もう何も言えない・・・・私は、ああはなりたくない。
それから7年やっと母のところに父が迎えに来た。やっとやっと迎えに来たんだ。
もう変なことをしないで永久の眠りについてください。と願った。
初7日を迎えた翌日、母は、意地悪をするかの如く、私のかわいいペットを道ずれに連れて行った。あっという間の出来事で涙が止まらなかった。
してやった。という母の顔が浮かんできた。
親の死よりペットロスが私を責めている。
これは異常だと心理カウンセラーにかかり、あんなに寝つきがいいのにわざわざ睡眠導入剤を出してもらった。ヘルパーさんにお世話になったが、相変わらず人間的な生活を送る気はなさそうで24時間は見ていられず施設の世話になった。
転がるように体は、動かなくなり、認知も始まった。車いすが目前に迫ってきた時にチック症とか・・リユウマチ、・・色々病を呼んできた。施設は医師がいたので色々面倒を見てもらったが、ベッドから落ちる、ドアに手を挟む、トイレで滑って転ぶ、とまぁ70台にしては、考えられないくらいの事をやってくれた。
最後は、排泄物を食べ始めた。自分の体をひっかき傷を作って血をなめ、かさぶたをはがして食べた。
施設では、自分のやりたいことを押さえるのは、虐待になるといわれ、血が出ようが、匂いがひどくてもやらせて自由だった。
つなぎの服を着せ自分では脱げないようにして食事も皆さんとは別に取るようになってしばらくした時にペースメーカーノ電池交換になった。
私は考えた。人間らしい活動しているならまだ長生きもいいが、犬や猫以下の生活をしている母の長生きは望みたくなかった。医師に相談してもペースメーカーを入れた時点で交換は医師の役目、本人以外は止められない。本人は、認知症がひどくて判断できない。やはり変えるしかない。
それから母は、牛のように下を長く出して自分の鼻舐めようと指を鼻の穴に入れ鼻くそを口に入れた。
もう何も言えない・・・・私は、ああはなりたくない。
それから7年やっと母のところに父が迎えに来た。やっとやっと迎えに来たんだ。
もう変なことをしないで永久の眠りについてください。と願った。
初7日を迎えた翌日、母は、意地悪をするかの如く、私のかわいいペットを道ずれに連れて行った。あっという間の出来事で涙が止まらなかった。
してやった。という母の顔が浮かんできた。
親の死よりペットロスが私を責めている。






