終わりではないのよ。これが新しい始まりなの。


昨日は送別会を開いて頂いて、大変有難いことです。


こういう時こそ人への信頼度は分かるものね。


びっくりしたぜ!


これからまた新しい地獄が待っているけれど、頑張って行こうと思いましたヘ(゚∀゚*)ノ


こんなタイミングで知ることになるのも、なんと僕はツイテいないことなのか。


知らないで不幸でいるよりも、知って幸せになるべきなのかも。


迷う時悩む時、大抵生きるか死ぬかの選択になりがちだけど、


まず生きるってことを前提にして、どう生きようかって考えてみた方がよっぽど健全かもしれない。


ゾンビのように生きてきたけれど、それでもこんな状態の僕にプラスの想いをもってくれる人がいてくれるのならば、


それまで生き続けていきたいな。


もらってばかりではなく、かえさなくては。


待つだけじゃなく、会いに行かなきゃ。


痛みが消えないのはきっとそれだけ必死になったから。


苦しいと思うのはまだしっかりと向き合えていないから?


どんな形でもいい。


割れてしまった器にはもう何かが溜まることはないけれど、


すこしの欠片を集めて、また作り始めていかなくては。


満足な豚より、不満足なソクラテス。


這いつくばった人間が、また立ち上がることは難しい。


大丈夫。


信じてみましょう。



意識が霧散してく。決意が気づいたらなくなってた。



思ったことができない。いざやる頃には気力無し。



決まりきった毎日の始まりと終わり。出口もないから終わりもなし。



欲しいものをみつけて、手に入れようとわくわくして、



いざ手に入れてみれば、虚しさでいっぱいで満足感を感じられない。



満足感。充実感。達成感。気力を満たすもの。生きてるという実感。



子どものまま大人になったのに、子どもの心を無くしてしまった。



満足できない。満たされない。



形のない欲望だけがぶくぶくおっきくなっていってる。



こどもだ。でも大人だ。



あああ



携帯電話は鳴るけれど、それを掴むことはできない。



何が望みなんだ。どうなりたかった。何が欲しかった。



いつも何か足りない。埋められない。



それが自分のせいだって分かっているから。



足りないけど止まることはできなくて、ずっと。



自分で欲しいものをはねつけて、それが欲しかったと泣いてみる。



後悔してみる。



なんだろうな。難しい。



なんでなんだ。



わかってて。



それは今の自分が恥ずかしくて、頑張ってるみんなの前にはとてもじゃないけれど出られなかった。



先の先まで悲しい未来が見えるのは、つらいよね。




どちらが正しいかなんてこと答えはないけど、自分の中には基準を持っておいた方がいい。



ひとりでは生きていけなくて、立ち向かうためにともに生きていくことを選んだ。
それがだんだん増えて、もはや誰と生きているのかさえ分からなくなった。

生きやすくする為にとやってきたことが、今度は生きることを難しくしている。
ともに生きるシステムが絶対的なものに成り変わり、今度はそこから外れることができなくなった。
みんなシステムを生かす為に生きている。


見失ってしまった。だけど守られている。
歪んでしまった。子どものような邪気が育って、それがまた新しい障害を生み出していく。
それが繰り返され、もはや修正のきかないところまで来てしまった。


みんなおかしいって分かってる。だけど何がおかしいのかが分からない。自分はおかしくない。周りがおかしいんだってそう思い込んで、自分は正しいと信じる。それしかできないから。


みんな苦しんでいる。幸せにする道具は溢れているのに、誰も幸せじゃない。願った世界は実現したのに、幸せを感じる人間は消えていった。
それは人間が新たな幸せを望み続けるからなのか。


みんなが苦しいのはきっと独りだからなんだ。みんな独りで浮いている。閉ざされてしまった。
幸せの道具が溢れすぎて、それが何の為に生み出されたのかもう覚えていない。
道具を使えば幸せになると盲信し、溺れている。
独りが苦しいのに、道具が何とかしてくれるんだって思っている。
本当に助けてくれるのは、隣にいる一緒に生きている人なのに。


昔の人間の怨念が今も地球にへばりついて、変わってしまった幸せを負わせているのかも。


なんとなくそう思いました。




人間だけが神を持つ。
可能性と言う名の、内なる神を。



仲の良い同期と久しぶりに話をした。
お互いの近況を話し合った。



1年経った今、もうすでに差が見えている。
羨ましい。
働いている環境に対してもそうだけど、本人の資質とか努力に対してもそう感じる。



仕事を受けているだけでは、きっとこのまま辛くなるだけなのは分かっている。
そうならないために、降りかかる仕事を潰していかなければならないんだ。
その為に自分が何ができるのか。
それはいまだに分からない。



分からないというよりは、考えられないというべきか。
毎日降りかかる火の粉を振り払いながら、なんとかその日に収めようと努力している。
ルール通りに行かなくても、それでもなんとかしたい。
次の日に来る人たちが少しでも楽になれるようになんとかやっている。



それ自体が間違っているのか。
根本を正さなければ、いつまでも終わらない。
どこで断ち切らねばならないのか、それがハッキリしないんだ。



この1、2ヵ月で僕は仕事に対して、臆病になってしまっている。
自分の中の許容量を超えて、何かが限界にきている。
飛びついていたものに、飛びつけなくなっている。



やらなきゃいけないことで埋めつくされて、やりたいことが掴めない。
考えることから頭が離れてしまっている。



こんなことを考えてるとよくバナージの言葉が頭に浮かぶ。
『やりました…。やったんですよッ!必死にッ!!その結果がこれなんですよッ!!!これ以上何をどうしろって言うんです!!』



これもまた言い訳なのか。
変わる為には、行動が必要だ。
圧倒的にこれが足りない。



また奮起して頑張らねば。