今日の雨はいったいなんなんでしょうか。

最近お天気が不安定だけれど今日は一日中雨でまさに日曜病という気分。

日曜病ってナニ?ってサザエさん症候群的なアレです。

コンビニから出てきた奥様たちが

「春一番ほにゃほにゃ」

って言ってたしもう春だネ……なんて思ったり思わなかったり。

最近いろんなことがありました。

いつもいろんなことがある人生でしたが、さすがにいろんなことがありすぎました。

わたしのキャパを超えて柄にもなくノイローゼになったりもしました。

びっくりした、まさかわたしが。

じぶんは、つよいと、おもっていたよ。

さて先日はジムに行って帰ったんだけど、その間だけで二本もビニール傘だめになっちゃった……

強風がきて、あっ危ないかな?って思ったときにはもう遅いですね。

シャバーン!とビニールがあおがれて骨組みが壊れて何かの衛星みたいな形に……

気合いで一度直してみたけど十秒ともたずして再びシャバーン!でした。

カップルに笑われて悲しかった……

真ん中におれを入れて帰れよ!
それが男だろ!(うん、ちがうな!

しかたないから濡れて帰って、新しいビニール傘で出かけたらそれもシャバババーン!

あたふた。

しかたないから早めに切り上げてまた濡れながら帰ったけど、わたしの中のわたしにものすごく文句を言われる。

きみが!風邪をひくんだぞ!

だから今若干さむいのが、夜だからなのか寒気なのかわかりかねている状態です。

お風呂入って早めに寝るよう。
人生の目標っていうのは願わくば何も状況が変わらず、自分の身の丈に合ってないことをせず、自分らしい生き方で生きていたいですね。

自分を見失わないこと。

身の丈に合わないお給料も、身の丈に合わないブランド物もいりません。

人を思いやることができるような人間でいたいですね。

今皆様がわたしという人間が思いやりのある人間だと認識してくれているとするならばもっとそうなりたいし、もしくは現状維持でもいいです。

生きてく上でひょんなことから人間性が歪むっていうことはあるあるだと思うんですよね。

これは人間だから仕方のないことだと思うんですけど、わたしはそういうふうにもう歪んできた失敗っていうのも実際にあったし、なので同じ過ちは繰り返したくないんです。

同じ過ちで誰かを傷つけたくないんですよね。

わたしの人生がどう失敗しようが、その人間性は崩したくないし、逆に成功するとしても人間性が歪むんだったら、わたしはそれに気づいた頃には大きな罪悪感と後悔とそして生きたくないって思うでしょうし、そう思ってほしいしね。

もっと自分だけじゃなくて周りを幸せにできる人間になれるようにがんばりたいです。

わたしに寄せられる相談といったら恋愛相談が多いのでまあ、みなさん悩んでいるんですね。

ということでここらでいっちょ、もう勝手に恋愛相談に答え始めようと思うに至ったわけです。

 

さて記念すべき第1回は、好きな女性に告白して振られてしまったという関東圏在住、30歳の男性「キリンさん」より。


はじめまして。いつも楽しく記事などを読んでいます。さっそくですが相談です。ずっと好きだった女性に付き合って欲しいと告白しました。思えば生まれから初めての告白でした。とても緊張しました。答えはNoでした。それ自体は仕方がないかなと思うのですが、やはり辛いです。特に彼女を好きな気持ちをどうやって消していったらいいのかわかりません。世の皆さんはこういう時、どうやって好きな気持ちを消散させているのでしょうか。

(関東圏、30歳、キリン)

 

 

好きな気持ちを「消散」とはなかなかいい表現ですね。勉強になります。

 


さて、好きで告白したけど振られてしまった。

辛い、どうやって好きな気持ちを諦めたらいいか、という相談です。


告白はとても勇気がいることだったと思うし、その思いが届かず、大変辛いことと思います。

そのうえでどうやって好きな気持ちを消したらいいか、という相談です。

お答えします。

 

ずっと好きでいればいいじゃん

 

まず、告白してNoだった、だから「好きな気持ちも諦めなきゃ」となるのは、自然な流れだと思います。

思いが届かないのに好きでいることは苦しさしかないですもんね。

 


ただ、ちょっと立ち止まって考えてみてください。


 

「好き」「付き合いたい」


 

実はこれ、繋がっているようで強固には繋がってはいないんです。


 

「ある人が好き」


 

これは理解できるし、自然な感情であると思います。これは自分の中で完結する感情です。

相手がどんな意向であろうがこちらで勝手に好きになることが可能です。


 

「ある人が好きだから付き合いたい」


 

これも理解ができるのですが、そこには必ず他者が存在します。

好きという感情は自分の中で完結しますが、付き合いたい、は相手の要素と意向が含まれてきます。


 

こうして、他者の意向が必要なものと必要でないもの、これは本来は分けて考えるべきです。

ですが、それらが「好きだから付き合いたい」で繋がっているから歪な形になるのです。


 

付き合いたい思いが届かない時、それはちょっとしたエゴのような形になります。


こちらは付き合いたいのに向こうはそう思っていないわけですからね。

人はそのエゴな形を良しとはしません。


 

振られたわけですから付き合う、などの希望は実現しない。

だから好きという気持ちを消さなければならない、こうなるわけです。


でも、本当にそうでしょうか。


 

わたしは根底にある「好き」という感情は「推し」に向ける感情に近いと思っています。

「推し」にも色々なスタイルがあるとは思いますが、少なくともわたしの中にある定義では「推す」という行動に対して個人的な見返りを求めないものだと思っています。


 

推しに対して、良い作品やパフォーマンスで返して欲しいと思いつつも、個人的に連絡して欲しいとか、繋がって欲しいとは思わないのではないかと思います。

もしそれがあるのならばそれは、純粋な「推し」とは違うのかもしれません。


 

誤解のないように言っておくと、好きな人に対して付き合いたい、みたいな気持ちがあるのは全然かまわないのです。

むしろそれが自然であると思います。

ただ、それらを「好き」と繋げて考える必要はありません。


 

本来「好き」と「付き合いたい」は繋がっていないものです。

誤解がないように付け加えると「好き」から見た「付き合いたい」は繋がっています。

好きでもない人と付き合いたいと思わないから。

けれども「付き合いたい」からみた「好き」は繋がっていません。


付き合えなくても好きでいられるからです。

そこを繋げて考えるから辛く、苦しいものになるわけです。


 

ただ、ここでの「断られても好き」は、自分の感情や行動を制御できるものである必要があります。


振った相手にいつまでも好きな感情やそういったアプローチ的な行動をされるの、普通は怖いですからね。

推しにもそんなグイグイアピールしないですよね。


 

振られた直後、本当に悲しい感情が心の中を支配すると思います。

これは「思いが届かなかった」という悲しさと「好きな気持ちを諦めなければならない」という二つの断絶が混在するからだと思います。


思いが届かなかったのは残念です。

けれども、無理をしてまで好きという気持ちを抑え込む必要はないのではないでしょうか。


 

自分の気持ちをコントロールできないのなら無理にでも抑え込んだ方がいいでしょう。

コントロールできるのならば、推しとしてひっそりと好きを継続させてもいいのではないでしょうか。


 

そして、月日が経てばその思いは本当に「推し」に対するものに昇華しているかもしれません。

他の誰かが気になるかもしれません。

もっと夢中になる何かがあるかもしれません。

本当に彼女のことが好きだったあなたの気持ちも消散するのかもしれません。


無理に抑え込むのではなく文字どおり消散させる。

すっと消え散らせる、そんな未来もきっと来るのではないでしょうか。


そう、実は相談者さんの相談文の中に答えがありましたね。


いつかきっとそういう日がきますよ。

二日前この辺で飛び降り自殺した人のニュースが流れてきた。

血まみれセーラー濡れ衣先生
たちまちここらはネットの餌食。


『危ないですから離れてください』


そのセリフが集合の合図なのにね。


バカ騒ぎしてたやつらが撮りまくった冷たいアスファルトに流れるあの血の何ともいえない赤さが綺麗で綺麗で。


泣いてしまったんだ
泣いてしまったんだ


何も知らないテレビの外側で


生きて生きて生きて生きて生きて
生きて生きて生きていたんだよね。


最後のさよならは他の誰でもなく

自分に叫んだんだろう。


彼女が最後に流した涙

生きた証の赤い血は何も知らない大人たちに二秒で拭き取られてしまう立入禁止の黄色いテープ


『ドラマでしか見たことない』


そんなセリフが飛び交う中で今彼女は一体何を思っているんだろう。


遠くで遠くで

泣きたくなったんだ
泣きたくなったんだ


長いはずの一日がもう終わる。


生きて生きて生きて生きて生きて
生きて生きて生きていたんだよね。


新しい何かが始まる時

消えたくなっちゃうのかな。


『今ある命を精一杯生きなさい』

なんて綺麗事だな。


精一杯勇気を振り絞って彼女は空を飛んだ。

鳥になって  雲をつかんで

風になって  はるか遠くへ

希望を抱いて飛んだ


生きて生きて生きて生きて生きて
生きて生きて生きていたんだよね。


新しい何かが始まる時

消えたくなっちゃうのかな


生きて生きて生きて生きて生きて
生きて生きて生きていたんだよね。


最後のさよならは他の誰でもなく

自分に叫んだんだろう。


さよなら


さよなら
いずれ歯も弱り、飲み込むことさえ出来なくなるかもしれない。

足も衰えて、立ち上がる事すら出来なくなったなら

あなたが、か弱い足で立ち上がろうとわたしに助けを求めたように

よろめくわたしに、どうかあなたの手を握らせて欲しい。


わたしの姿を見て、悲しんだり自分が無力だと思わないで欲しい。

あなたを抱きしめる力がないことを知るのは、つらいけれど

わたしを理解して支えてくれる心だけを持っていて欲しい。


きっとそれだけで、それだけでわたしには勇気が湧いてくるのです。


あなたの人生の始まりにわたしがしっかりと付き添ったように

わたしの人生の終わりに、少しだけ寄り添って欲しい。


あなたが生まれてくれたことで、わたしが受けた多くの喜びと

あなたに対する変わらぬ愛を持って笑顔で応えたい。


わたしのあなたへ。

ありがとう、あなたがいてくれて、しあわせでした。