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3月9日(月)
帰国及び赴任の挨拶という理由で後任者と地元大臣宅を、線路沿い不法占拠住宅群住民と共に訪問。大臣は非常に良い顔をして、不法占拠住宅群住民へできる限りの支援をしたいと言ってくれ、不法占拠住宅群住民も含めて本日夕飯へ招待してくれた。カウンターパートの手作りライス&カレーをご馳走になる。12日に配属先の住宅公共施設省で行われる最終報告会のため、借用のための文書を提出し、市役所のパソコンを借りる。地元大臣への文書を作成し、大臣宅へ何回も電話するも帰宅しておらず、最終的に不法占拠住宅群住民と共に夜10時過ぎに大臣宅訪問するも不在。
3月10日(火)
ポーヤデー(満月の祭日)。大臣宅へ電話するも大会へ出かけたとのことで、本日の訪問は付加。12日に配属先の住宅公共施設省で行われる最終報告会の準備。新旧隊員のIndivitiya自治会主催歓送迎会。後任者と私で歌の贈り物をする予定だったが、後任者がダウンし、私ひとりで参加。集まっていただいた自治会の人々には、申し訳なかったが、その分よく考えて謝辞とメッセージと後任者の紹介を織り交ぜ、できる限りの話をさせていただいた。その後、会計宅の晩餐会に招かれた。会計のご子息からスリランカの文化についていろいろと説明していただいた。非常に奥深い話で、これだけの話ができる彼の人間性が好きになった。後任者はこのような素晴らしい人々から2年間スリランカの良さを学ぶことができる。このような人々はなかなか目にかけない。もっと早くからめぐり合っていれば、私もスリランカについて別の見方ができただろう。
3月11日(水)
市営幼稚園と市議会議員宅を訪問。市議会議員宅でお茶とケーキに与る。その後、後任者と地元大臣宅を、線路沿い不法占拠住宅群住民と共に訪問。住民から住宅についての支援依頼状を渡した。できる限りの支援をする旨大臣から話しがあった。大臣から名誉市民表彰状を頂き、昼食を頂いた。新旧隊員の市役所主催歓送迎会。4自治会住民が参加し、市長、副市長、後任者と私から挨拶や発表をし、ガンパハから来訪していただいた女性銀行の説明紹介があった。ジャーエラ市長から名誉市民表書状と記念品を頂いた。ケーキとお茶に与る。今日は幼稚園と市役所そして、線路沿い不法占拠住宅で計4曲に渡り後任者と私によるギター演奏と日本歌謡紹介の出し物をし、声が枯れた。夜は私と後任者のために市長の姉宅で晩餐会催してくれた。もっと食えというスリランカ特有のもてなしに、お腹が破裂しそうだ。
3月12日(木)
配属先の住宅公共施設省で最終報告会。2年間活動の成果について発表を行った。私のシンハラ語もある程度上達した。フィールドコーディネーターや現地調整員から立派な活動だったと労いの言葉を賜った。任地変更の頃はどうなることかと私を含め皆が肝を潰したことだろう。今となればすべてこれでよかったと思う。私の青年海外協力隊任地スリランカでの活動はここで終わる。しかし、ボランティアとは、表層自分には何の利益もないものごとに身を捧げ、本質の深く大きなところで、掴み取ったものを、また、他人のために捧げることなのかもしれないと考えるとき、協力隊の活動というのは帰国後も生涯続いていくものではないかと、今帰国を前に考えている。短い一生のなかの隊員として派遣されたたった2年間だけでも、途上国の人々と同じ生活をし、身を以って貧しさに悩むことができた。途上国での不便な生活や途上国の貧しさと日本の本当の素晴らしさについては、途上国の人々と同じ生活をしたことによってのみ知り得ることができたのだと思う。不便な途上国での2年間の生活の中で、日本の経済成長とグローバル化の影で、真価が評価されていない日本の素晴らしさや現代の日本の問題に気付いたことで、帰国後の活躍の場が待っているのではないかと思う。何よりも、私たちの暮らしに問題があるのは、私たち自身に責任があり、その解決は国がしてくれるのではなく、自分たちの町や祖国日本のため、自分たちの力でいくらでも改善していけるということ―国や社会へ奉仕する勤勉さをスリランカで学んだように思う。ボホマストゥティ スリランカ!(スリランカとてもありがとう!)