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穏やかな波の中で

2014年1月に精神科病院に入院しました。
2017年8月から病状は安定しています。

 今日、91日ぶりの受診日でした。コロナの影響で、今回も電話受診でお願いしました。ありがたいことに、病状は安定していて、いつも通りの薬を郵送していただくことになりました。薬は、炭酸リチウム、ラモトリギン、リスペリドンです。


 その後、妻と一緒に、私の実家に行きました。

 妻が行こうと言ってくれたのです。電話で母から、最近父の様子が悪いと聞いていて、私もその事が少し気になっていました。

 で、父に会いました。

 父は足がパンパンに腫れていました。浮腫んでしまっているのです。その足で歩行は、家の中をなんとか歩ける程度。

 妻は、父に息苦しくないかききます。すると、息苦しいと父は答えました。

 心不全を起こしている可能性が高いので、できるだけ早く主治医に診てもらおうと父に話すと、父は頑として行かないと言います。

 父には高血圧の持病があります。

 よくよく話を聞くと、最近薬をまったく飲んでいないと言います。薬を飲むと、尿がたくさん出るので、失禁を気にして薬を勝手に止めていたのです。

 出されていた利尿剤を飲まずに、水がたまり、命に関わるようなことになっているのです。

 妻と私は、まだ飲んでいなかった今朝の薬を今すぐここで飲んでくれと父に言いました。父は、妻の話を聞き、自分の調子が悪いのが薬をやめている結果だと理解できたようで、その場で薬を飲みました。その後、妻が薬を1日分ずつ小袋に小分けしてくれ、それをカレンダーに貼りつけてきました。あと、近所のスーパーに行き、大きめの尿取りパッドを買ってきて、これを試してみてとも伝えました。

 父は明日からも薬を飲むと、今のところ約束してくれています。本当はすぐにでも病院に連れて行きたかったのですが、それは無理でした。

 そして今、ようやく家に帰ってきたところです。


 父はこう言っていました。

「薬を止めて、人体実験をしている」と。

 人体実験の結果がこれです。

 薬を止めて、調子が良くなる人もいると思いますが、父のように歩くのもままならなくなり、生きる死ぬの問題になってしまう人もいます。

 そういう私も以前、リスペリドンを勝手に抜いた経験があります。

 その時私も、「これは薬を抜いて人体実験している」と思っていた記憶がよみがえりました。

 薬を抜いた私は、躁転と診断され、入院となりました。躁転した私を病院に連れて行ってくれたのは妻でした。躁転した私は、自分がおかしいと全く気付きませんでした。

 躁転のあと、入院中にひどい鬱となり死にたくなりました。あの時、入院してなかったら、私は自殺していたかもしれません。

 薬を抜いたから躁転したのか、躁転したから薬を止めてしまったのか、その辺は微妙なところです。

 ただ、どちらにしても薬を勝手に止めるというのは、結構危険なことではないのでしょうか。

 今、断薬を勧めるようなブログが結構ありますが、個人的にはどうなのかなと思いました。