改造朝型人間から1ヶ月
みなさま、おはようございます
今日も、朝5時に起床しました
改造朝型人間から、ちょうど1ヶ月です
今までは挑戦するも、3日もたなかったことばかりなのに
今回は違います
しっかりと目標を持ち、
計画を持ち、
習慣を変えたからです。
私の身長は、1750ありますが(mm/笑)
今年の春に計測した体重は、74kgでした
それから約1ヶ月間、マ●ド●ルドを食べないようにしたら
2kg減り、72kgになりました
しかし、まだまだメタ坊ちゃんだったので
6月14日から、朝5時に起床し、
近所を約20分ランニングし、
(最近はCDを聞きながらウォーキングに)
シャワーを浴びて、ガッツリと朝食(前日の夕食分)を食べ、
昼食と夕食は野菜中心に変え、今日に至りました
すると、6月14日に 72kgあった体重は
65.8kg に
6.2kg の減量です
ウエストも、8cm減りました
まだまだ、腰の上のポニョ ですが、メタ坊は脱出しました
6月14日に立てた目標は、今年中に 10kg の減量なので、
まずは残り 3.8kg の減量に向かって生活していきまーっす
株式会社アックスフィールドが企画・運営している、車情報サイト。
イメージガールに起用された、堀口ひかるちゃんも可愛いですょ☆
沢の雉
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私の周囲には社長連中が多く、
サラリーマンは少ないのですが、
時々サラリーマンと話をすると
それぞれに合った生き方があるんだなぁ~と
つくづく感じるのです。
それで、よく言われるのが
『いいなぁ~、頑張った分だけお金が増えるんだから。
オレらサラリーマンはいくら頑張ったって給料は同じだよ』
と・・・
だったら、自分で起業すればいいのにと言うと
『でも、赤字になったら給料出ないし、
お客さんとトラブルになったら全部自分で処理しないと
いけなくなるしなぁ。オレには家庭もあるし安定した
収入が要るから、いまさら遅いよ。』
と、言う人がいます。
そりゃ、そうだろ・・・。
リスクがあるから面白いんやん
リターンがあるから面白いんやん
色んな経験を積めるから面白いんやん

そんな彼は、とてもじゃないけど起業しない方がいいね
それにしても、そんなモチベーションで仕事している
従業員を雇っている経営者はガッカリだろうね
荘子の言葉にこのような詩があります。
沢雉(タクチ)は十歩に一啄(イッタク)し、
百歩に一飲するも、樊中(ハンチュウ)に
畜(ヤシナ)わるるを期(モト)めず、
神(シン)は旺(サカン)なりと雖(イエド)も
善(タノシ)まざればなり。
つまり、沢辺の野生の雉は、十歩あゆんで
僅かの餌をとり、百歩あゆんで
僅かの水を飲むのだが、それでも籠の中で
養われることを求めはしない。
(籠の中では餌は十分で)気力は盛んに
なるだろうが、心が楽しくないからです。
・・・という意味です。
私は決められた枠の中だけでの仕事は
したくないので、籠の中の雉にはなりたくないと
日々思っています。
籠の中の雉に向いてる人も悪いとは
言いませんが、もっと何かにチャレンジして
みたらいいのになぁと、思ったりもします。
みなさんは、どちらの雉
ですか
ですか7月7日という日
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21年前の、1988年1月3日。
私は当時高校1年生で、前年の後半にできた
初めての彼女とのデートの計画に悩み、
N君を付き合わせ、大阪の難波を一緒に下見に行きました
しかし、いざ行ってみてビックリ・・・
現在と違って、昔は正月といえばどこも休み。
あの戎橋商店街ですら、人がいないのです
これでは、下見どころではありませんでした。。。
16歳の男ふたりでブラブラするも
何も楽しくなく、戎橋(通称ひっかけ橋)に辿り着いた時に
大きなため息がでました
しかし、そこで妙なオーラを感じたのです
ふと横にある建築物を見上げると・・・
な・・・なんなんだ
この建物は
私と友人のN君は、しばらくその迫力に圧倒されていました
それは、高松伸さんが設計した、キリンプラザ大阪でした
2年の月日が経ち、そんな出来事は忘れていたが、
潜在意識の中にそれがあったのでしょう
N君は京都の芸術大学へ。
そして、私は兵庫の芸術大学へ進学しました
大学ではインテリアを中心に、建築のデザインも
勉強していたので、当然就職はその方面だと決めていました。
クラスメイトは就職情報室に行っては、求人が出されている
企業を探し、大手ゼネコンや工務店に資料を取寄せようかと
いう話をしている時に、私は何をしていたかというと、
せっせとA2サイズのポートフォリオ(自分の作品集)を作りあげ、
NTTの電話番号案内104に電話をしました。
『高松伸建築設計事務所の電話番号を教えて下さい』と。
私が行ってた大学は、デザインばかりで
建築学はほとんどしていなかったので、
高松伸建築設計事務所で働けるとは思ってなく、
ただ、社会人になる前に憧れの高松伸さんに自分の作品を
見て意見が欲しかったというのが本心だったかも知れません。
私は当時から猪突猛進で、昼に電話をした後は
気が付けばポートフォリオを2冊抱え、
京都行きの電車に乗っていました
打ち合わせ室にて、当時のS副所長に面接してもらい
感触がよかったのか、吹き抜けに連れて行かれ
会議室で待機していました。。。
すると・・・
黄色の螺旋階段からゆっくりと降りてこられたのは
まぎれもない高松伸さん本人・・・
わぁっ、 本物だ
小柄だが、ダンディーで低い声。
そしてテレビや雑誌では伝わらなかった凄いオーラ。
言葉少なく、作品をじっくり御覧になられた後、
『何や。ウチで働きたいんやって?』と聞かれた。
私の気持ちにスイッチが入りました
『はい、働かせていただけるなら働きたいです』
『ウチは朝から夜中まで、年中無休で、給料は月5万円だぞ』
『はい、それでも働かせていただけるなら働きたいです』
『そうか・・・、じゃあ春から社員で来い。
授業の無い日はほとんどだろうから、空く日はバイトで来い』
『はい、ありがとうございます』

今からちょうど16年前の7月7日でした。
人生の転機を迎えた日です
帰りの電車内で、何度も小さくガッツポーズをしました
今日は、7月7日ですね

私にとって7月7日は、ひとつの原点でもあります。
あの我武者羅なパワーで突っ切った初心を
もう一度、ここに取り戻して頑張ろうと思いました
ちなみに、20年前に
私に感動を与えてくれたキリンプラザ大阪は
昨年、解体されこの世を去りました
悲しいですが
まさしく、諸行無常です。。。
私の心の中には、いつまでもキリンプラザ大阪は
光り輝いています
ありがとう



