大学生活のほぼ全てをアカペラに費やしてきた私。
社会人になった今、繋がっている友人はほとんどがその時の仲間だし
今の私の大部分を作り上げたのがこの時期である
と言っても過言ではないと思っている。


‘アカペラやってます。’と言うと
大低‘へぇ~歌上手いんだね’と返される。
さらには‘歌ってみてよ’とまで言われる事もある。
1人で歌うには相当な勇気が必要だ。

ちなみに私は、歌が上手い訳じゃない。
歌詞を覚えるのも大の苦手だし
アカペラと言ってもコーラス(主旋律にハモるパート)を歌う事が多いので
リードをとるなんて事はほとんど無い。
誰かの素敵なリードの後ろで
ひっそりハモっていられたら、それだけで幸せ。

そう思っていた私に、是非歌ってみたいと思わせてくれた曲がある。
今回の復活ライブで歌わせて貰った「みんなひとり」

プライベートでとても落ち込んでいた時期に
何度も何度も何度もリピートして聴いていた曲。
(私には朝から晩まで同じ曲を聴きまくってどっぷり浸る、という癖がある。)

歌詞が当時の私の状況に物凄くリンクしていたからか
この曲を聴いた時、何の抵抗もなく
す~っと身体に染み込んできたのを覚えている。
MCでも話したように、私の人生応援歌のようなもので
多分この先、落ち込むような出来事がある度に
この曲に助けられるんだろう。


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荒んだ世界に あなたのような人が いることに感謝
夢が遠く見えて 肩落とす夜は 電話をさせてよ
恋人ともちがう 大切な心友(ともだち) 代わりのきかない私の相棒
みんなひとりぼっち 探し続けるのは 確かな絆とその証
誰かのひとことで 明日もがんばると 思えるなんてすてきさ

わけもなくふさぎ プチうつな自分が 嫌いになる日も
あなたの笑顔の 大きな力に 励まされるんだ
どんな強い人も 弱さを隠してる 外には出せない傷抱えながら
みんなひとりぼっち それを知るからなお あなたの大事さがわかるよ
心の片すみで 気にかけてくれてる 恋よりも強い味方

Ah たまには 私を Ah 頼ってもいいよ

生まれる時ひとり 最期もまたひとり
だから生きてるあいだだけは
小さなぬくもりや ふとした優しさを
求めずにはいられない

Everybody needs to be needed
Everybody wants to be wanted
'Cause everybody knows that we are all alone
Let me give my gratitude to you
For always being there and smile for me
Many many thanks to you, the best friend of mine
Many many thanks to you, the best friend of mine


みんなひとり
松たか子
復活ライブ、無事終わりました。

お越し下さったみなさま。
ゲストと呼ぶには豪華すぎる先輩・後輩バンドのみんな。
そして昨夏から練習・ライブ準備を一緒に頑張ってきたHEIDIのメンバー。
本当にありがとう。


純粋に‘歌いたい!’という自己満の気持ちと
サークルの後輩達に‘何か伝えたい!’というお節介な気持ち
この二本柱で企画された今回のライブ。

日にちが迫ってくるにつれて募る、期待感・焦燥感・絶望感。
前日の夜のイメトレと高揚感。
当日の朝のパキッと目の覚める感覚。
ライブハウスに入る時の緊張感。
リハの雰囲気、出演者の団結力。
開演を待つ会場の空気。
ステージから見えるみんなの顔。

そして、あっという間の本番。


全てが懐かしくて、でも新鮮で
これこれこれ!
やっぱり私の原点はここだ!と改めて感じた。
それは今も、きっとこれからも変わらないと思う。

私達の姿がどう映ったかは分からないけれど
少しでも気持ちが届いていたら本望だなあ。


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きっかけは今のサークルの様子を知りたかったから
昔の懐かしいみんなに会いたかったから
そしてその仲間達が1つになったらいいな 。
そんな気持ちだけで企画した同窓会。
まだまだやりたかった事もあったし、至らない部分も多々あったけれど
急な要求を快諾してくれた方々
てんやわんやの様子を見て手伝ってくれた方々
本当に感謝感謝。

結局自分は、飲まず食わず聴かず話さずで全く参加出来なかったけど
みんなの楽しそうな顔と場の雰囲気で大・満・足!
たくさんの‘ありがとう、お疲れ様’の連絡を貰うと
何もかも吹っ飛んで、本当にやって良かったと思う。





たくさんの人からたくさんのパワーを貰った1日。
自分1人で生きているのではなく
周りの人々に生かされているという事を感じられた1日。


明日からそれぞれの場所で頑張っていく。

また会う日まで。

実家を離れてもうすぐ2年が経とうとしている。

今でもだいたい月1のペースで帰っている私。


実家に帰ると

いつも祖母と母親の間で私の取り合いが始まる。

あからさまにバトルが行われる訳ではないけれど

2人の言動からそれはヒシヒシと伝わってくる。

だから、

帰った日は夕方から日を跨ぐまでがっつり母親と呑みに行き

翌日の昼間はたっぷり祖母の相手をする

というのが恒例。

母親からは日頃の祖母の不満を聞き

祖母からは日頃の母親の不満を聞き

(ちなみに岡田家は父親が養子なので、祖母と母親は実の親子。

嫁姑のドロドロした関係ではないのが唯一の救い。)

貴重なお休みに私は一体何しに帰ってきたんだ‥

と、ぐったりしてしまう時もあるけれど

これも家族サービス。


祖母は、会う度に老いが進んでいる。

出来ていた事が出来なくなっていたり

帰る度に同じ話を聞いたり、聞かれたり

それを感じる度、もどかしくて悲しくて少し辛くなる。

でも、受け入れなければならない事実。

‘ばあちゃん、有衣ちゃんが帰ってくる日はいつもより身なり整えて

家の前に出てはまだかまだかと落ち着きなく待ってるんよ。’

いつしか母親から聞いた時、涙が出そうになった。


母親とは‘親と子’という枠を越えて

‘人と人、女と女’という関係を築けつつあるのが嬉しい。

今まで知らされてなかった家族の話、

仕事の話、かなり突っ込んだ恋愛の話まで

お酒をかわしながらあーだこーだと話す。

早く色んな話がしたかっただろうに

ちゃんと私が大人になるまで待っててくれたんだね。

日本酒とタバコが(おそらく)いつも以上に進んでいる母親を見ると

身体は心配になるけれど、とても嬉しく思う。


昔は、祖父母や両親というものは

自分にとって絶対的なものだったのに

実家を離れて、家族と少し距離を置いてみると

至って普通で順風満帆だと思っていた自分の家庭環境が

実はそうでないのかもしれない、という事に気付く。

だからといって否定的・悲観的になるのではなく

ただその事実を素直に受け入れていくのが

今の私の役目なのだとも思う。

になった。





いくつになってもやはり誕生日は嬉しいもので

今年もたくさんの人にお祝いして貰った。



ほんとにほんとにありがとう。








1年前の自分が何をしてどんなだったかを

毎日振り返るなんて事はしないけれど

そういえば誕生日だけは

毎年必ず1年前を振り返っている。








だから何だ、という話ですが。








来年の誕生日もまた

しあわせな気持ちで

しあわせな今日を

振り返っていればいいな

と思った。














初めて聴いたのは、たしか6月の郁ちゃんのソロライブ。

アンコールでおおはたさんをゲストに迎え

2人で歌った曲。


初めて聴いたとは思えないくらい

ストレートな歌詞がすーっと身体の中に染み渡って

うるっときてしまったのを覚えている。


この時はまだ音源化されておらず

‘また聴きたいなぁ’

なんて思っていたところ、ついにCD発売。

そして購入。


最近お気に入りの1曲。






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つい先週まで

‘暑い暑い’

と真っ裸で寝ていたのに

今や

‘寒い寒い’

と毛布に包まる日々。

もふもふ。





時がたつのは早いもので

10月。


嬉しい、悲しい、楽しい、切ない、が

いっぱい、いっぱい詰まった10月。





とうとう私も

予てから‘節目’としている歳になってしまう。


何故だか幼い頃から

この歳になったら立派な大人、な気がして。


憧れでもあり恐怖でもある

24歳。



あの頃描いていた大人像なんかもう忘れてしまったけど

私はこの歳に向かって

しっかり地に足つけて歩けてきただろうか。








どうか


胸を張って、この歳が迎えられますように。







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時がたてば わかるの?

こころと こころが

重なりあったり 離れたり

すれちがってゆくこと


作詞:原田郁子 作曲:おおはた雄一

私は‘変化していくこと’を

この世で一番恐れているのかもしれない。

自分を取り巻く環境だったり

誰かを想う気持ちだったり。



でもそれらは

生きている限り

常に私に付き纏って

そこから逃れる

なんて、絶対出来ない。



それならば、

拒み続けて

抵抗して

意固地になるのは

もう止めよう。





‘変化していくこと’は

寂しい、悲しい

だと思っていたけれど

それ以上の

嬉しい、楽しい、

が、待っているかもしれない


と思わせてくれた事に感謝して。

窓から入ってくる風が気持ちいい、とか

今日の御飯が美味しかった、とか

ほんの小さな些細な事に幸せを感じられる


おだやかな暮らしがしたい。

いつでも、どこにでも、転がっている。



そして、それが自分にとって

その場限りの小さなものなのか

はたまた人生をも左右するような大きなものなのか。


それは出逢った瞬間

何となく分かってしまう時もあるし

例え直感的にビビッ!とくる事が無くても

時間をかけて、後々思い返してみれば素敵な出逢いだった

という時もある。


多分、本当は

無駄な出逢いなんて1つもなくて

どんなちっちゃなしょうもない出逢いでも

少なくとも自分には何らかの影響を及ぼしていて

それが糧となり自分の一部、若しくは大部分になって

成長していくのだと思っている。



要は自分次第。


私が、今まで出逢ってきた周りの人を

嫌いになりたくない理由も

根本にはこういう考えがあるからなのかも。

裏を返せば‘全ては自分のために’という

或る意味すごく自己中心的な考えとも取れるけれど

自分で自分の可能性を狭めたくはない。





何故いきなりこんな事を記したのかというと

今現在自分が

自分を取り巻く環境の、大きな変化の真っ只中にいて

まさに出逢いラッシュを迎えているから。


職場では新しいスタッフの方を迎え

仕事では毎日新規のお客様と出逢い

そこから繋がり広がっていくものは本当に無限大。

そして友人を介しての素敵な出逢い。



こういう環境の変化には専ら脆く弱く

順応するのに時間がかかってしまう私は

これからやってくる新たな環境に

人一倍の警戒心と不安感を抱いて

分厚いバリアを張りながら身構えていたけれど

今その真っ只中にいるにも関わらず

精神状態がかなり安定していられる事に

自分自身が1番驚いているところなのだ。




ある程度大人になってからの出逢いというのは

幼い頃の出逢いに比べて

なぜかちょっぴり複雑で面倒だと感じてしまうけれど

それでもその壁を越えて繋がっていく人達は

きっとどこか強く惹かれ合って

何かしら引き寄せられているのだ、と。


そしてそれは案外

太く長く繋がっていくのかも、と。





いつまでも、自分は周りに恵まれていると思えるように

全ての出逢いに感謝して

大事にしていこうと思う

今日この頃。

毎年3月は別れを惜しむのに忙しい

寧ろ、惜しんでいる時間がないくらい忙しい。

でもその方が寂しさが紛れて

良いのかもしれない。

小さい頃

私は早く大人になりたくて仕方なかった。


何時に家に帰ってもいいし

お金もたくさん使えるし

色んな場所に行けるし。





早く大人になって

‘自由’を手に入れたかった。











今、自分が少しだけ大人に近づいて

お金は多少あるし

遠くまで行けるようになったし

誰かに怒られる事も減ったし。





欲しかった‘自由’を得たはずなのに

なんだかちっとも‘自由’じゃないのはなぜ。








世界が広がった分

色んなしがらみが増えて

身動きが取れない。





‘不自由’だと感じてしまう事が

大人になった証なのか。





大人ってなんだ。

自由ってなんだ。