ここ1ヶ月の変化について。

2年目になって、なんだかんだ先輩から目が離れて変なことに気を使わなきゃいけない人もいなくなって、自分のままで仕事場に身をおけるようになってきた。
やる事もなんとなくわかってきて、でも介助介助、2年目だし嫌な仕事もすぐつけられるようになって、
もちろん人と接するのは嫌いじゃないし患者からの感謝とか感じると嬉しいし仕事自体嫌いなわけでないのはもちろんわかってるつもりだけど、なんかつまらなくなってた部分があった。
患者との関係性をもっと深めるとかは思わなくなって、ある目線から思うと患者にとってのゴールははやく自立して退院だから、そういう関わりかた(厳しく自立させる感じ)が自分の中で強くなってきた部分もある
あとはやく仕事を終わらせるようになるっていう部分も意識してきて、今思うと要領いいじゃなくて、手抜きしてた部分があったなぁと
そんな感じで夏まで過ごして、この間先輩に久しくがつんと怒られた。
悲しい気持ちが大きくて、あんまりその人に対してあんのやろうとかは思わなかった、やっぱり自分に非があるってのは自分でも気づいてたんだと思うから。

久しぶりに立ち止まって色々考えてみた。

自分の仕事に対する姿勢が甘すぎたと。
まず看護師という職業について考えてみた。一応国家の資格がいる職業に位置付けられていて、それに対する試験もある。どういう人がなりたいと思うのか。直で感謝を感じれることにやりがいを見出していて、学生時代を通しても優しい子が多いと思う。優しいっていうのは、人が困ってたら自分のように考えることができて、救いたいとか思う気持ちが強い。我は我はって感じが少ない。まぁ人によるけど。試験も頭が優れていなくても、覚えれば受かる試験。もちろん努力しなきゃいけないけど、あと学生は本当に辛かった。本当に無意味な指導者からの圧力。あれどうにかした方がいいと思う。学べることも学べないわあれは。あぁ看護師って怖いなぁしか学べない。でもみんなそういう経験をしてきた道であって、まぁまぁ辛いことも耐えれる自負があると思う。
話が過ごしそれた。
プロとして、専門職として、マザーテレサみたいな概念がまずある。患者に対して、病いを持っている人に対して完璧な看護となんだろう親切心というか、その人を包み込むあたたかさみたいな。
もちろんそういう人間でありたいし、そういう気持ちはめちゃくちゃある。偽善者ぶりたいわけではないけどそういうものが定義としてあるおかげで、自分が偽善者ではないという楽さもある。
実際働いてみて、色んな患者がいる。じじばばが多いせいか、じじばばは心が清い人が多いからこっちまで心が清くなる時もあるしそういう時はすごくいい気持ちになるし、ありがとうって気持ちに包まれる。でも大半は業務の荷重、介助量の多さでこっちの余裕が全然ない、分刻みのスケジュールに対して鳴り止まないナースコール、先輩の前に自分がとらなきゃとか、そういう気遣いもいるし、走りっぱなし、あぁもうこんな時間の連続。もちろんまだまだ未熟さもあるけど、先輩みててもまぁやっぱり大変な仕事とは感じる。
何が言いたいかというと、優しいとか感謝されたいとかそういう気持ちだけではやってけないし、もはやそういう気持ちを感じる余裕がこっちがない。患者を人としてじゃなく患者としかみれてない。みれない。自分のやりたかったことってなんやろうって思う。
でもやっぱり専門職としてかんがえるのなら、それはただの言い訳やなと。どんなに大変でも、そんな顔をみせあらあかんのやなと。患者にとっての天使でなければいけんのやなと。
こっちも人間やし、感情もあるから天使になれへん時もあるけど、患者が求めてるのは確かな技術と心なんやろなと思う。
だって自分が入院するとき、まぁ都内のおっきい急性病院で、高い技術ともてなしを求めるのは当たり前やと思うし。
そうすると今の自分は、仕事としてじゃなくて、ただの自分のことしか考えてなかった。
専門職としての自覚がなかった。

先輩はそこを怒ってる訳ではなかったと思うけど、でも気づけてよかった。
今この病棟はみんな辞めたい辞めたいの中で働いてるからマイナスな雰囲気が流れてて、ってか看護師の世界はそんなとこだらけやと思う。
でもそこに流されてたら、働くっていうことに対してクソみたいな姿勢しか生まれない。
しんどいっていうのは簡単やけど何も生まれないし。

技術というか、判断、適切なアセスメントはまだまだやけど、自分ができる最善を常に維持しないと、ただのバイト生活と一緒やからそこは軸にもっておこう。
家族が入院してると思って患者と接する。軸に思うだけで、逆に楽になれる気がする。


もちろん私も人間、もはや感情人間の部類やから、そういう気持ちにならん時もある。
でも仕事の時は切り替えな大人になれん。
今先輩らを見てて、感情が削ぎ取られてる人はみてて可哀想、常に患者に怒ってステーションでも患者の悪口、プリプリしてておもんない。悪口というか、しんどい気持ちは嫌ほどわかる。認知症で何いうても通じひん、でも放ってたら何するかわからん、転げたらインシデント、看護師のせいじゃなくても皮膚損傷できたら看護師のせい、インシデント、wocナースにまた怒られるの連続。こっちがどんだけ頑張ってもそれについての評価がないどころか、体力労力だけがすり減ってく
私も書き出したらとまらんくなってきたw
でもそれごとこういう仕事なんやと飲み込まんとあかんのかな。
ああいう先輩にはなりたくない。今病棟はなりたくない人ほとんどでしかない。そうならんようになるには、自分が意識しとかなやばいな。

きっと夢見てる架空の人物って、探っても探ってもこれって一生ならんのやなとわかってきた。たぶん具体的に自分でもわかってないから。
でも学生までの中でやっぱり頑張ったなぁとか耐えたなぁとか、努力した後の達成感はすごい好きやし、その感覚をこの職業で味わいにくいのはわかってるけど、その感覚をどこかで感じないとたぶんつまらんって思っちゃう、人生。
手探りでなんかやってくしかないなぁ。

あと怒られてから、一つ一つ丁寧にやること心がけた。1回たりともまぁいいやっていう気持ちをなくした。そしたらなんとなく自信がついてきた気がする。もし先輩にえ、これなんで?とかもし思われることがあっても、やったことに対して根拠がゆえるのは強い。間違っててもその理由がわかるから、次に繋げれるし。
わからないことはわかるようにしてくる。なんか看護師って微妙な立場で、医者のカルテは専門用語(英語の略語)みたいなんで、わからんことも多いけど、わからんかったらもはや医者に聞くぐらいの意識でおった方が楽しい。
看護師としての楽しさってまだわからんこと多いけど、でもやっぱ医者のやってることに自分も理解して補助してると思う楽しさは私は少しはある気がするから、そこをもうちょっと伸ばしていこう。

この1ヶ月、なんかわからん辛い気持ち多いけど、いつか乗り越えたって思える日が来たら成長したってことかな。