前回の続きです。

設備面では前回書いたので今回はサービス面の話で(^O^)

今では、パチンコもスロットも台移動、共有がほとんど自由となっていますが、当時働いてたお店では、一回交換やラッキーナンバー制での営業でした。

更にスロットはスタッフの目押しサービスもダメという目押しの出来ないお客様にはシビアな営業でした(>_<)

まだ、AT機が無くCT機等の技術介入機が主流だったので、現場の1スタッフとして働いてた頃はもどかしい気持ちでホールを回ってました(^_^;)

主任になってから、やっとこの無意味?な内容を改善し、少しでもお客様に長く遊んで頂ける様なお店に一歩前進する事が出来ました。

続く…
2番目に働いたお店は一番長く働いたお店でした。

最初は家業の片手間で早番のアルバイトとして入ったお店でしたが、気付いたら社員、副主任、主任を経て店長になってました(^_^;)

正直前のお店に比べると、設備も整ってなく、スロット等はスタート、特賞データが無いスロッター泣かせのお店でした(>_<)

そんな中で、稼働を上げ、粗利を上げて行くのは大変でしたが、自店の弱点を少しずつ埋めて行くことにより、稼働も上がり設備投入もしてもらう事が出来るようにまでなりました(^_^)v

次回へ続く…
1番最初のパチ屋は、まともなとこだった。

残業代も付き、ボーナスも有り、モチロン有給休暇もあった(*^_^*)

当時はCR機冬の時代で確変5回リミッターの規制が有り、スロットの人気が上り調子だった頃です。

設備等も充実しており、申し分の無いお店でしたが、稼働は平均3割弱でした(>_<)

原因は今考えるとヘソの絞めすぎ?かなと思う(-o-;)

当時ぺーぺーだったにも関わらず、釘調整を支配人から教わり、支持されたピッチでヘソの開け閉めをしていた。(当時細かいデータの意味はサッパリ理解してませんでした)

ただ、40玉交換のお店にも関わらず、玉ゲージしか使った記憶が無い(・_・;)

まあ、こんな状態でしたから、お客様にも怒られ、時には(4ヶ月に1度位の発生率?)不良客とも揉め事も起こしてました(T_T)

そんなお店も時代には逆らえず、スロ専になり、今年になって身売りしてしまったそうです(><。)。。

今更だけど、そこのお店が自分のパチ屋業界へのスタートだったなと、思わずおもいふけってしまいました。