けいさんのブログ。
リブログ、そして一部抜粋をさせて頂きますね。
さて、今日は「色んな想いで生きている」というお話です。
先日、スタッフから衝撃的なことを聞きました。
衝撃的な事というのは、そのスタッフの過去にあった出来事なので詳細は省きますが、まあまあ誰が聞いても驚くことです。
そのスタッフは、いつも笑顔でそんな雰囲気は微塵も感じません。
で、そのとき一緒に聞いていた他のスタッフも、ジャンルは違うけど、過去に大変な出来事があったのを思い出しました。
もちろんそのスタッフも、全然そんな素振りは見せません。
よくよく考えてみると、事の大小はあれど、みんな色々と経験していることに気付きました。
知らないだけで、もっといろいろあるのかも知れません。
それでも、誰一人として、笑顔を絶やさず一生懸命働いてくれています。
人ってすごいです!
そういうの抱えながら、それでも目の前の人を喜ばせようと日々を生きているんです。
植物の根が、表面的には見えないけど、確かに存在しているように、
昼間には見えない数々の星のように、
人には見せないけれど、色んな過去を抱えていて、色んな想いで生きている。
こんなお話があります。
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私の母は昔から体が弱くて、それが理由かは知らないが、
母の作る弁当はお世辞にも華やかとは言えない質素で見映えの悪い物ばかりだった。
友達に見られるのが恥ずかしくて、
毎日食堂へ行き、お弁当はゴミ箱へ捨てていた。
ある朝母が嬉しそうに
「今日は〇〇の大好きな海老入れといたよ」
と私に言ってきた。
私は生返事でそのまま高校へ行き、こっそり中身を確認した。
すると確に海老が入っていたが殻剥きもめちゃくちゃだし、彩りも悪いし、とても食べられなかった。
家に帰ると母は私に
「今日の弁当美味しかった?」
としつこく尋ねてきた。
私はその時イライラしていたし、いつもの母の弁当に対する鬱憤も溜っていたので
「うるさいな!あんな汚い弁当捨てたよ!もう作らなくていいから」
とつい、きつく言ってしまった。
母は悲しそうに
「気付かなくてごめんね…」
と言いそれから弁当を作らなくなった。
それから半年後、母は死んだ。
私の知らない病気だった。
母の遺品を整理していたら、日記が出てきた。
中を見ると弁当のことばかり書いていた。
「手の震えが止まらず上手く卵が焼けない」
日記はあの日で終わっていた。
相手がそうしているのは、何か理由があるのかもしれません。
そんな周りの人たちに寄り添える人でありたいですね。
記事を拝見して、涙が...。
皆さまが、健康で笑顔いっぱいの1日でありますように