次の散歩のとき、ドキドキしながら買ってきたパウダーを下ろした。

 

色のつかない粉を付属の小さなパフに取り、日焼け止めを塗った上から軽く滑らせる。

 

と、また光啓に「何やってんの」と洗面所を覗かれた。

 

 

 

 

 

 

 

「え、あ、これは」

 

 

 

 

 

 

 

光啓はしどろもどろになった私と洗面台に置いてあったパッケージを見比べた。

 

パッケージに入っている煽り文句は『赤ちゃんにも安心!無色透明の優しいパウダーです』。

 

 

 

 

 

 

「ん、それくらいならいいんじゃない?」

 

 

 

 

 

 

そう言って光啓は洗面所から引っ込んだ。

 

うわ、と鏡の中の自分の顔は見る見る赤くなった。

 

前に言ったこと―――覚えてたんだ。

 

だとすると、それは何の気なしの発言ではなかった、ということになるのだろうか。

 

そんなことは敢えて訊けない、やっぱり罪作りなことには変わりない同居人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この春はこれでおしまい。

 

何気なく聞き流したふりをしたが―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の春、光啓はここにいるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

ここにいて。

 

その契約はいつまで有効だろうか。

 

期限を決めなかったことに今さら気付いて少し動揺する。

 

ずっと、だなんて。

 

未だに名前しか知らない、それ以上を踏み込めないのに言えるわけがない。

 

いつか踏み込めるときは来るのだろうか。

 

それを思うと今この瞬間はとても楽しいのに、少しだけ気持ちが沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

定時で会社を上がった日、駅前のドラッグストアに寄った。

 

ドラッグストアと言いながらいろんな物が置いてあるのはいい。

 

特に化粧品の代表的なメーカーが揃っているのは嬉しい。

 

メーカーによっては割引率も多く、しがないOLの財布にはありがたい。

 

だが、その日の目的はいつも使っている化粧品ではなかった。

 

有名メーカーのコーナーではなく、日焼け止めやお手頃価格の化粧品が並んでいるコーナーだ。

 

しばらくその当たりを探して手に取ったのは、片手の中に収まるような丸っこいケースに入ったプレストタイプのフェイスパウダー。

 

 

 

 

 

 

俺は千晃が化粧してない方が好き。

 

もったいないよ千晃、肌綺麗だし。

 

散歩くらいでいちいち化粧することないよ。

 

 

 

 

 

 

 

光啓はきっと何の気なしに言っていて、きっといったことすらもう忘れている。

 

だけど。

 

鏡とにらめっこしながら自分の肌色とサンプルの色を見比べて、長いこと悩んだ。

 

何の気なしにこちらを動揺させる天然男の顔を思い浮かべ、」値段はささやかなのに心情的にはかなりの勇気を必要とした買い物を済ませた。

 

きっとこんなの他人が知ったら「いいように真に受けて」と笑うだろうな。

 

それでも真に受けたいんだから仕方ないじゃない。

 

帰り道をたどりながら私の表情は仏頂面になった。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、これは旬のありがたみが分ってる千晃にごほうび」

 

 

 

 

 

 

光啓は自分の皿からノビルの球根をいくつかフォークにすくって私の皿に移してくれた。

 

わぁい、と遠慮なく譲られたノビルを味わった。

 

 

 

 

 

 

 

「おもしろいよねぇ、今日のパスタも買い置きのパスタとベーコン以外お金かかってないなんて。それでこんなにおいしくてさ」

 

「千晃は、そこおもしろがってくれるから連れ出し甲斐がある」

 

「フキの混ぜご飯もまた作ってみたい。あれ簡単だったから」

 

「フキは時期が長いからまだまだ先まで作れるよ。また今度採ってこよう」

 

「そうだね、今度は忘れずに採ってこようね」

 

 

 

 

 

 

 

自分が光啓を動揺させた数少ない事例をわざとらしく仄めかすと、光啓が一瞬私から目を逸らした。

 

頬が赤い。

 

あ、勝った?

 

そう思った瞬間―――

 

光啓はからかうように目を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

「平日には採ってこないでおこう。どうせ千晃は自分が採らなきゃ面白くないんだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

すっかり読まれているのが悔しくて、今度は私が目を下げた。

 

週の半ばに光啓はもう一度ノビルとセイヨウカラシナのパスタを作ってくれた。

 

昼間のうちに採りに行ってくれたらしい。

 

私が気に入ったからと採りに行ってくれたことが嬉しかったり―――

 

 

 

 

 

 

「でもこの春はこれでおしまいな」

 

「え、何で?」

 

「この辺は割と多いけど、採り尽くしちゃうわけにはいかないから。ノビルは生長に時間もかかるし、少なくなってきた植物は採り方考えないとね。田舎のほうだと珍しくもないんだけどね」

 

「そっか―」

 

 

 

 

 

「どう?」

 

「待ってよ、まだ食べてない」

 

 

 

 

 

味の想像はまったくつかない。

 

何しろ店やコンビニのように名前や味の説明が全くない初めてのパスタ。

 

しかも材料もパスタとベーコン以外は初めてときている。

 

 

 

 

 

「・・・やだ、おいしい」

 

「やだって何だよ」

 

 

 

 

 

光啓は珍しくふて腐れたような声を出した。

 

 

 

 

 

「おいしいのに説明できないからイヤなの!やだもうおいしい!」

 

 

 

 

 

ようやく光啓が満更でもない顔になった。

 

味付けは基本的にパスタの茹で汁だけ。

 

それなのにそれだけじゃない味。

 

ベーコンの甘さと塩気は予想の範疇だったが、セイヨウカラシナのほろ苦さとノビルの甘さ!

 

 

 

 

 

「わ――、このノビル!これ、何!?こういう感じのもの食べたことないよ!」

 

「味だけならネギとか近いんだろうけど・・・球根の食感が加わるからなぁ」

 

「あぁそうか、ネギ」

 

 

 

 

 

 

あまりに身近すぎて思いつかなかったが、確かに味だけならネギの甘みに似ている。

 

このノビルがアクセントになってパスタは絶品と言っていい料理になっていた。

 

 

 

 

 

 

「どうしよう、今まで食べたパスタの中で一番好きかも!」

 

「そりゃ大変だ、ノビルって基本的に流通に乗ってない食い物だから」

 

 

 

 

 

 

光啓がそう言って笑う。

 

 

 

 

 

 

「笑い事じゃないよぉ、一番好きなパスタがお金を出しても食べられないものになっちゃったなんて・・・」

 

「まぁ、せめて味わって食べて。旬のものだし」

 

 

 

 

 

 

旬、という言葉がやけに心を打った。

 

 

 

 

 

 

「ノビルの旬っていつなの?」

 

「地域にもよるけど・・・・まぁ、春先としたもんじゃない?」

 

「何か、ありがたみが増すよね。一年中何でも手に入る今ってちょっと間違ってるのかも」

 

「野菜の旬とかもう分んなくなっちゃってるもんね。旬の春先じゃないと食べられないノビルのパスタって貴重だよね」

 

 

 

 

 

 

それに光啓がいないと食べられないし。

 

そう言うと、光啓はやけに優しい顔で笑った。

 

 

 

 

 

 

「光啓って何か湯がくとき中華鍋よく使うよね。パスタなら寸胴鍋の方が良くない?一応あるよ」

 

「湯がきもののときは浅い鍋の方がいいんだ、すぐにお湯が沸くから。麺類も家で湯がくなら中華鍋で充分」

 

 

 

 

 

 

千晃、無駄に台所用品充実してるしな。

 

と光啓がからかうように笑う。

 

片手中華鍋のほかにフライパンもちゃんとある。

 

 

 

 

 

 

「両方の径が揃っててフライパン用のふたがあるのはポイント高いよ」

 

「最初は頑張って自炊しようと思ってたもん。形から入るタイプだから」

 

 

 

 

 

 

そう言うと光啓が派手に吹き出した。

 

 

 

 

 

 

「だろうなぁ、使った形跡のない料理秤とか電動泡立て器とか色々出てくるもんなぁ、台所」

 

「今、光啓が色々活用してるんだからいいじゃないっ」

 

「俺、今さら分量はかったりしないんだけど」

 

 

 

 

 

 

蓋をした中華鍋だと確かに湯がくのは早かった。

 

煮立つ湯の中に光啓が二人分のパスタを入れ、多少柔らかくなるまで菜箸で面倒を見る。

 

その間に私がした仕事はキッチンタイマーをパスタの茹で、時間にあわせることだけだ。

 

十分間。

 

パスタの面倒を見終えた光啓が手早くベーコンを切り、空いたコロンにフライパンをかける。

 

ベーコンを先に炒め、出た脂で次に炒めたのはノビルだ。

 

球根を先に、次いで長細い葉を。

 

最後に投入されたのはアク抜きされたセイヨウカラシナ。

 

片手で何度かフライパンを返して具を混ぜ合わせ、グツグツ煮立っている隣の中華鍋からお玉でパスタの茹で汁をすくってかける。

 

これで、パスタのソースは完成らしい。

 

やがて茹で上がったパスタを湯切りし、ソースと混ぜる。

 

工程だけを見るとかなり大雑把に見えるスピード料理だったが、皿に盛り付けると見栄えのするパスタに早変わりした。

 

いただきます、と手を合わせるのはもう習慣になった。

 

 

 

 

 

その日の獲物がどんな料理に化けるかというのも狩りの楽しみである。

 

夕食を作る段階になって、光啓は鍋に湯を沸かす傍ら、堀り上げてきたノビルを洗い始めた。

 

 

 

 

 

「それ、どうするの?」

 

「たまには包丁使ってみる?」

 

 

 

 

 

 

光啓の訊かれて、何となく挑発されている気分になった。たまには、という言い方が煽っている。

 

梶は嫌いだが包丁も持てないほどオンチというわけではない。

 

 

 

 

 

「いいよ」

 

 

 

 

 

顎を突き出すように答えると、光啓は小さく笑って私に包丁を持たせた。

 

意地を張ったのは読まれている感じだ。

 

ノビルの球根から生えていたひげ根や枯れ葉は、光啓が洗うときに取ったらしい。

 

そのうえ球根側を揃えてまな板の上に並べられているとなると、後の作業は本当に切るだけ。

 

 

 

 

 

 

「切り方は?」

 

「まず球根切って」

 

 

 

 

 

 

言われるままに切り落とした球根は光啓がざるの中に回収した。

 

 

 

 

 

 

「それから残った葉っぱを適当に四、五cmくらいに」

 

 

 

 

 

 

葉の中央を切り、全体の長さを半分にして揃え直してから言われた長さに切っていく。

 

 

 

 

 

 

「何だ、巧いじゃない」

 

「バカにしてんの!?確かに家事嫌いだけど、これくらいはできるよフツーにっ」

 

「ごめんごめん。じゃあ切った葉っぱもザルに入れて」

 

 

 

 

 

 

指示に従うと、「これは待機」と光啓がザルを流し台の隅に置いた。

 

次はセイヨウカラシナだ。

 

これもやっつける気になっていたのに

 

 

 

 

 

 

「あ、お湯沸いてきたし急ぐからいいよ。代わって」

 

 

 

 

 

あっさり降板宣言され、ふくれながら包丁をまな板の上に置いた。

 

光啓はセイヨウカラシナの葉を太めのざく切りにして、ツボミ一掴みと一緒に別のザルで水洗いする。

 

沸いた湯を待たすこともなく、スタンバイしたセイヨウカラシナを投入。

 

茹で時間は勘だろう。

 

流しの中に置いたザルにセイヨウカラシナを茹でこぼす。

 

アクを抜いたのだろうと言うことが、分かる程度には料理の手順を見覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

「千晃、冷蔵庫のベーコン取って」

 

 

 

 

 

 

私がベーコンを出している間に、光啓が流し台の下から取り出したのは、パスタである。

 

 

 

 

 

 

「え、パスタになるの?」

 

「うん、今日は一品料理。けっこう美味いよ」

 

 

 

 

 

 

光啓が作るのだから、それは鉄板だが意外だっただけだ。

 

菜の花の仲間と言うからセイヨウカラシナはおひたしか何かになるのかと思っていた。

 

光啓が中華鍋を出して水を張り、塩を適当に振り入れて火にかけた。

 

塩を入れたということは、これでパスタを湯がくのだろうが

 

 

 

 

 

 

 

 

光啓の両手を包み込むように握り、冷え切った手に息を吐きかけていた。

 

冷たい肌を温めることにむきになり、包んだ光啓の両手をあちこちさする。

 

手強いのは指先だ。

 

手の体温はもう取られてしまった。

 

光啓からは何も言わなかった。

 

言わなかったからうっかりやることが大胆になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えいっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

長い指先を重ねたまま顎と鎖骨の間に挟んでしまう。

 

首元に触れる指で体温を測る。少しはぬるくなったかと思った頃、光啓が意を決したように口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・千晃、ごめん。そろそろちょっと動揺しそうなんだけど、俺」

 

 

 

 

 

 

 

 

言われて自分が何をしているか気がついた。

 

ひゃあっと悲鳴を上げて光啓の両手を突き返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご、ごめん!冷たそうだったからつい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

お返しします、と俯いた自分の顔が火照っていることは分ったが、返されました、といつものように穏やかな声で答えた光啓は置いた荷物を拾い集めるのに屈んでしまい、どんな表情をしているのか窺えなかった。

 

ちょっと動揺しそうなんだけど。

 

少しは私の事、異性として意識はしてるのかな。

 

日頃の態度を見ているととてもそうとは思えない平静さなので、一瞬見せたシッポがちょっと嬉しい。

 

荷物をまとめた光啓が土手を上がりながら私の方に振り向き、また手を貸してくれた。

 

手を預けると大きな手はまだ少しひやりとする。

 

土手を上がってから「もう少し暖めてあげようか?」と訊くと、無言で軽く頭を小突かれた。

 

フキを取るのを忘れたな、と帰り道の途中で光啓が呟く。

 

光啓の方も少し動揺が長引く出来事だったらしい。

 

いつもこちらが動揺させられてばかりだから、たまには光啓が動揺したらいいよ、と少しだけ意地悪く心の中で思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「千晃が気にしないのは分ってるよ。手が汚れるのを気にするタイプだったら、この前のツクシをあれだけ欲張って採ったりしないもんな」

 

「欲張ってって!ひど――い!」

 

 

 

 

 

 

 

 

胸きゅんが一瞬で吹っ飛んだ。

 

返せ!

 

確かに採りすぎた。

 

採りすぎて後で苦労したが欲張ったわけではなく楽しかっただけなのに!

 

私はふくれっ面になったが、光啓はそれを面白がっているように笑ったままだ。

 

そして、次の株の一群を掘りながら言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

「汚れるって言うより危ないんだよ。千晃、汚れるの気にしなくても土いじり慣れてないでしょ。砂利とか石とかけっこう尖ってるし、うっかりするとガラスの欠片とか埋まってることあるし。素手だとケガすることもあるからさ。軍手あったら挑戦しても止めないけど?」

 

 

 

 

 

 

 

 

私は素直に納得した。

 

手が汚れることなんか気にしないと光啓が分ってくれているならそれでいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ノビルは本当に強敵だった。

 

光啓ですら途中で「あぁ畜生!」と根を切ってしまうことがあった。

 

見ているだけの私も思わず力が入ってしまうような悪戦苦闘の末、光啓は納得いくだけの獲物を集めたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず、今日の晩御飯分くらいかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

さすがにあちこちが凝ったのか、立ち上がった光啓は首や肩を鳴らした。

 

そして

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと手洗ってくる。荷物見てて」

 

 

 

 

 

 

 

 

そう言い残すと、光啓は危なげのない足取りで土手を駆け下りてった。

 

見る間に川岸までたどり着き、流れで手を洗っている様子が見える。

 

そして戻ってきた光啓の手は真っ赤になっていた。

 

まだ川の水は冷たいらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハンカチは?」

 

「そんな気の利いたもの持ってない」

 

 

 

 

 

 

 

 

元行き倒れだから当然か。

 

パーカーのポケットからタオルハンカチを出して光啓に渡した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、サンキュ」

 

 

 

 

 

 

 

 

濡れた手をぬぐったハンカチを返されたが、それでも風にさらされた手は痛々しいほどに赤い。

 

その痛々しさでつい・・・やってしまったのだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

「それでどれなの?」

 

 

 

 

 

 

 

ロゼット状のものから芝状のもの、様々な形と色合いの緑が競い合うように芽を出している。

 

 

 

 

 

 

 

「これ」

 

 

 

 

 

 

 

光啓は手元にすっと細長く伸びている草をつまんだ。

 

細い葉は先が尖っているが固くはなく、むしろあまりコシがない感じだった。

 

見慣れるとあちらこちらに群生が見つかる。

 

 

 

 

 

 

 

「これ、摘めばいいの?」

 

「いや、ここでこれが登場」

 

 

 

 

 

 

 

 

光啓がバッグから取り出したのはスコップだ。

 

 

 

 

 

 

 

「え、掘るの?」

 

「掘るよ―。けっこう気長に」

 

 

 

 

 

 

 

答えた光啓が草の根元にスコップの先端を挿し、スコップをグッと押した。

 

掘る部分が柄の付け根まで一気に潜る。

 

周囲の何本かをその一回でまとめて掘り起こし、光啓は慎重に土を手で除きながら草の根元を掴んでゆっくり引き抜いた。

 

ようやく堀りあげた緑の株から土を丁寧に払うと、根の先が白い玉になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「わぁ――、ちっちゃいタマネギみたい!」

 

「そ、ここを切らずに掘るのが大変で」

 

「抜くだけじゃ駄目なの?」

 

「深くて無理無理、途中で切れて泣くのがオチ」

 

「切れたら泣くぐらい美味しいんだ?」

 

「まぁ、そこら辺はお楽しみに」

 

「これ、何て言うの?」

 

「ノビル」

 

 

 

 

 

 

 

答えながら光啓はノビルを袋に入れていく。

 

 

 

 

 

 

 

「軍手持ってこれば良かったね」

 

「だね、うっかりしてた」

 

 

 

 

 

 

 

光啓の手はもう土だらけ。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと難しそうだね」

 

 

 

 

 

 

 

植物をいじり慣れてる光啓でもあれだけ気を遣って堀りあげるのだ。

 

私に同じような事は出来なさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

「いいよ、俺が掘るし。手も汚れちゃうしね」

 

「そんなことは気にしないんだけど・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

手が汚れるから・・・と嫌がるようなタイプには思われたくなかった。

 

光啓はこういうこと全般が好きで、きっと光啓の好きなタイプはこういうことを一緒に楽しめる子なんだろう。

 

最初の狩りで、犬のおしっこがどうこうって理由で引いてしまったから、きっとこういうことが苦手なんだろうと思われているのだろうか。

 

と、光啓は不適に笑って腕を上げた。すると、その腕で私の頭を撫でたのだ。

 

胸の奥がくすぐったいように締まる。

 

 

 

 

 

 

 

花が咲いていないもの、と言われて蕾が実を固めているものを選んで採った。

 

 

 

 

 

 

 

「はい、そろそろ終了!」

 

「・・・・こういうのって、引き際わきまえるのが難しいんだね」

 

「分ってきたじゃん」

 

「ツクシ疲れたもん。学習するよ」

 

「学習早いな」

 

 

 

 

 

 

 

光啓は笑いながらその場にしゃがみ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「結構たくさん採ったけど大丈夫?」

 

「うん、これあんまり手間かかんないしね」

 

「次は何かあるの?」

 

「そうだね、新顔はあと一つ。フキもまだまだ時期だから調達していこうか」

 

 

 

 

 

 

 

そして、光啓がいたずらっぽい顔で尋ねてきた。

 

 

 

 

 

 

 

「ツクシはどうする?」

 

「・・・・もういい。気が済んだし」

 

 

 

 

 

 

 

味は無難だったが何しろ料るまでが手間だ。

 

あまり割に合わない、と言うことは思い知った。

 

 

 

 

 

 

 

「なんかね―、夢のようにおいしいイメージがあったんだよね。でも・・・」

 

「思ったほどじゃなかった?」

 

「あのね、佃煮は佃煮として美味しかったよ。でもあえてツクシじゃなくてもいいかな、って。天ぷらもねクセがなくて美味しく感じたけど、葉っぱだけ揚げてたらフキノトウの方が美味しかったかも・・・味噌漬けもツクシを味噌漬けにしちゃうと味噌が勝っちゃうんじゃないかなーって」

 

「筋いいね、千晃。ツクシは見た目もかわいいし春って感じだし、見つけると採りたくなるんだけどさ。実際料る手間を考えると、春を楽しむのに少し採るくらいがちょうどなんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

光啓は足を止める。

 

 

 

 

 

「ここから土手の途中に下りたいんだけど、千晃大丈夫?」

 

 

 

 

 

 

 

土手から下を覗き込んだ。

 

傾斜は上から見る限りそれほどきつくない。

 

 

 

 

 

 

 

「行ける・・・と思う」

 

 

 

 

 

 

 

私の返事を聞いてから光啓が先に斜面に下りた。

 

そして手を伸ばす。

 

何気なく、当たり前のように無言で差し出される手に、私の方が少し躊躇してから手を預けた。

 

上から見たより少しきつかった傾斜を、光啓の手を頼って下りる。

 

 

 

 

 

 

 

「もう平気」

 

 

 

 

 

 

 

自分の手は華奢ではないと思っていたが、それでも男の手に預けると頼りないほど細い。

 

光啓は私の様子を見ながらゆっくり手を離し、手振りでしゃがむように指示した。

 

ふと気がつくと、私の背中側に手が回り、いつでも支えられるように備えてある。

 

 

 

 

 

 

 

「膝、ついちゃったほうがいいよ。安定する」

 

 

 

 

 

 

 

少し過保護だよ。とは言えずにそのまま膝をついた。

 

草の上だから汚れる心配もない。

 

そして光啓も私のそばに片膝をついてしゃがんだ。