「うん。いいけど。あれ、焼くだけで簡単なのよ。いいかしら?」
それでも僕は、どうにか笑いながら答えた。
「あれはね、焼き加減が大切なんだ・・・・・。」
「あらっ?そう。」
彼女は屈託なく笑ってみせた。
「じゃあ、行って来るね。」
「待って!じゃあ、焼き加減は?」
「そうだな・・・。血の滴るようなレアにして・・・・・・・。」
僕は足を靴に通しながら、実冬の気持ちを探っていた。
美冬はぼんやりと僕を遠い眼差しで見つめながら、全てを見透かしたように、薄く笑顔を漂わせていた。
ドアを閉め、もう一度、彼女の顔を思い浮かべた。
もう、どこかへ行ったりしなければいいんだが・・・・・・・。今度、部屋を出て行ってしまったら、どうすればいいんだろう?
諦めが強く僕の胸を締め付けていた。
いつもと変わらぬ日常に紛れ込むと、僕は、いつになく寂しさにかられた。
太陽の日差しは晴れ晴れとした空から細く柔らかく落ちてくる。
僕は気忙しい人混みの僅かな足元の瞬間に、自分を巡る道を追い求めながら、急ぎ足で、歩く人波に押し流されていた。