目の前にはぐったりとした恒太。
顔はひどく腫れあがれ若干白目を向いている。
口からは血が流れてていて見ていられなかった。
" 恒太! "
呼んでも反応しない。
恒太は国道のある交差点の離れた
カレー屋さんの前でトラックにはねられた。
国道は南北に通っていて、その国道から
北側に進んで行くと大阪と和歌山の県境がある。
県境から交差点までは緩やかな下り坂。
制限速度は50km。
恒太はその交差点を通って家に帰るつもりだった。
当時。交差点をトラックと乗用車が平行に
走っていて恒太は横断歩道から南へ30mの
ところを横断しようとしていた。
それに気づいた乗用車は停止。
トラックはそれに気づかなかった。
横断歩道の信号は赤。
恒太は信号が赤だったから
横断歩道のない所を渡ろうとした。
トラックと乗用車は共に60kmを出していた。
恒太はトラックにはねられ後頭部をフロントガラス
にぶつけそのまま倒れトラックの下を通過した。
奇跡的にトラックに踏まれず済んだが
後頭部の骨はぐちゃぐちゃ。
救急隊が到着後処置して心臓が少し動いた状態。
血圧を上げる薬で何とか生きている感じだった。
病院の先生。
そう長く持たない。
そう言われた。
" 死ぬわけないやん。"
" まさか恒太が?。しかも自分の弟が?。
なんで恒太が死ななあかんの?。"
" 絶対良くなるって。"
頭の中がよくわからんようになった。
恒太がICUに移動することになり
エレベーターに乗って移動した。
ICUの中は機械だらけ。
ピッ。ピッ。ピッ。
音が鳴り響く。
恒太は奥の奥にある個室に入った。
ベッドの周りを皆で囲んで
恒太を見守り続けた。
心臓が少しずつ弱っていくのがわかる。
体も冷たくなってきて。
それをおじいちゃんが必死に温めようとする。
僕の妹の利音 (りおん) は
" 恒太くん。死なんといてー。"
" 死なんといてー。" 泣き叫ぶ。
機械が心臓の音を拾ったり拾えなかったり。
数字が 0 になったり。20 になったり。
それの繰り返しだった。
母が " もう。楽にさせてあげよう。"
" 家に連れて帰ろうか。" そう言った。
2013年7月12日。午前1時39分。
事故して一度心臓止まったけど。
心臓動いて。必死に必死に生きようとして4時間。
家族に見守られながら。
亡くなった。
当時15歳。
あと14日で16歳の誕生日やったのに。
原付免許取れたのに。
おばあちゃんおじいちゃん。
お母さんお父さんよりも早くに死んでいった。
家族みんなは泣く。
だけど僕は泣けなかった。
現実を受け止められなかった。