福島県湯川村商工会 -2ページ目

ブログご無沙汰してました

随分とブログの方ご無沙汰しちゃってました
最近はツイッターやらフェイスブックやらとついて行けません

それでも何とか頑張って追いかけようと思うのですが
元々はじめたブログの方をすっかり忘れてしまっていました

久々に覗いてみるとアメブロもスマートフォン対応していたり
アメブロ版ツイッターと言うべきか?「なう」とかはじまっていたり

ウェブの世界の日進月歩はスピードが早いです(汗)

というわけでテスト的にフィードでツイッターにアメブロ飛ばしちゃいます。

寺侍

お墓参りの節ですね

先日お墓の周りの草刈りをしに行ったついでに村の歴史本を見て気になっていた兼子さんのお墓を見つけた

福島県湯川村商工会-兼子家


歴史本によれば勝常寺を建立したのは徳一上人だがその後何度も廃寺の危機に瀕しその都度京都から高僧が下野し再構してきた歴史がある

兼子家は覚成上人と云う高僧が京都から連れてきた寺侍の末裔とのことらしい、その日の夕方にその兼子さんが買い物に来たので話しを振ってみると「そうだよ俺で二十代目になる」とのことだった

年のせいか?最近はそんな趣味がある俺だが兼子さんにも和尚様にも良い趣味だと誉められたので今後も調子にのっていろいろ調べてみたい。

修験

修験道とは日本古来の山岳信仰に神道や外来の仏教、道教、陰陽道などが混淆して成立した日本固有の民族宗教で、簡単に言えば山の宗教、山を中心として自然から学ぶ宗教

日本の先祖は山とそれをおおう森を聖なる場所として神や祖霊が住む素晴らしい場所と考え、そこから生まれ育ったのが修験道

修験道の修行をしている人を修験者とか山伏と言います

明治以前はどこの山にも山伏が修行をしておりましたが明治になってから禁止されてしまい、山伏のほとんどは失業してしまいます、神仏分離令の流れでそれまで仲の良かった神様と仏様を無理やり分離してしまったのです

金峯山寺と出羽三山以外ほとんどの修験は仕方なく神道の形をとり細々と生きながらえたそうです
昭和の敗戦の後、ようやく息を吹き返し、最近になり興味を持つ人も増えてきている

自分は二年ほど前にたまたま拝聴した神道と仏教のシンポジウムで修験道を知りました
これは理屈よりも体験しなければわからないものだと感じます
近くの修験だと日光修験か出羽三山ということになります

どちらかへ来年くらいには行けたらいいなとぼんやり計画中です