流産した子供には「誠(まこと)」と名前をつけて、今も忘れずにいます。
あれから色々ありました。
仕事復帰、退職、脱ステ、キレーション治療…。
また、色々書いていけたらと思います。
よろしくお願いします。
流産した子供には「誠(まこと)」と名前をつけて、今も忘れずにいます。
あれから色々ありました。
仕事復帰、退職、脱ステ、キレーション治療…。
また、色々書いていけたらと思います。
よろしくお願いします。
3/7 5w2dであなたの存在に気づき…
どうしようもないぐらいの食欲と、まだ2か月なのに出っ張っているおなかに悩まされた。
このまま10か月まで大きくなったら、私の体重は20kgぐらい増えてしまうんじゃないかって。
3/13 出血があって病院に行った。
元気に脈打っているあなたを見て、すごく安心した。
3/20 出血があり、再度病院に行った。
大きくなっているあなたを見て安心したのもつかの間
心臓が止まってしまっているのが私にもすぐわかった。
「さっきまで生きていたような感じだね。」
先生は言った。
駐車場の車に戻って叫びながら泣いて
仕事から帰宅中のMieには連絡がつかなくて
おかあさんに電話をして、一緒に泣いた。
私が家に戻るとMieはそこに居て、すぐに抱きしめてくれた。
お腹の中にはもう大きくならないあなたがいて
もう何もしてあげられなくて
でも実感もわかなくて、ただ泣くしか、できなかった。
翌朝、目覚めていつも通りにお腹を撫でる。
近頃不安定だったお天気が嘘のように、快晴。
「元気出せよ」って言われているような気がして。
夕焼けもとても綺麗で、また泣いたよ。
3/23 再検査を受けて、Mieと二人でエコーを見た。
もう、大きくならないんだなって、すぐわかる状態だった。
手術の説明を受けて、子宮口を開く処置をした。
3/24 おわかれのとき。
3人で写真を撮ろう、って。
最初で最後のあなたとの写真を撮った。
確かにあなたは、私たち夫婦のところに来てくれた。
だから、勝手に名前を付けた。
Mieと私の会話には、あなたの名前ばかり。
『予定日が2012/11/6なのに、命日が2012/3/24だなんておかしいよね』
手術台に登って、麻酔を打たれて、お腹に手を当ててありがとうを言った。
何にも、しなくても
産まれてきてくれるものだと思っていました。
生まれてからが大変で、あなたに会えるその日までは
のんびりしていていいんだなぁって、呑気に思っていました。
でも、命っていうのはこんなにあっさりと、なくなってしまうものなんですね。
自分が生きていること、あなたが生きていたこと。
友人や家族が存在すること。
すべてが奇跡なんだって、実感して
12w以下で亡くなってしまったら、世間的には存在したことすら、認めてもらえません。
あなたの存在を知った時、あまりにうれしくて非常識だとわかりつつも、友人に報告しました。
そして、あなたの存在を失った今も、正直に友人に報告しようと思ってこれを書いています。
これを書くことで、あなたが一人でも多くの人の記憶に残ればいいなって、思っています。
親のエゴで、ごめんね。
私たち夫婦は、死ぬまであなたのことを忘れないし
もしかしたら心優しい私たちの友人も、死ぬまであなたのことを覚えていてくれるかもしれない。
すべての人の記憶から消えるまで、あなたは死なない。
私たち夫婦のところへ遊びに来てくれてありがとう。
是非、今度は妹や弟を連れて遊びに来てください。
ありがとう。またね。
たまたま、この日は朝から気分が悪く(主にアトピーの悪化のため)仕事に行くことが出来ず、お休みをもらっていました。
お昼過ぎにふと、お手洗いに行くと、出血していました。
もう心の中でもやもやざわざわ…
慌てて病院に電話をすると、「今すぐ来てください」とのことで、急いで行ってきました。
近くて本当によかった…。
ドキドキでエコーを確認すると「でかっw」と思わず声が出てしまうぐらい。
元気に脈を打つ、クリオネみたいな我が子が確認できました。
大きさも、1週間で倍の大きさになっていました。
一安心…。
「心配はないと思うが、切迫流産で2wほど安静にしていてください」
と言われて診断書を出されました。
"心配ないのに流産!?"と内心焦りながら、帰ってきてネットで調べたら、12w未満で出血があれば、それは「流産の危険性がある」ということで『切迫流産』と表現するのですね。
あああもう焦ったぁ…。
というわけで、今日から2週間仕事はおやすみです。
先生にストレスがあったのではないか?と言われましたが。
ありすぎてどれのことだか…。