慣れない子育てに追われるしんどくて楽しい日々。


そんな中、台湾のクリニックからLINEがきました。

凍結している胚盤胞と精子の保存期間が

迫っているとのこと。


保存されている12個の胚盤胞の中には

PGT-Aに出している正常胚2個が含まれています。


台湾のクリニック全てかどうかはわかりませんが、

私の通っていたクリニックでは

移植前に性別を教えてくれました。

保存されているのは5BA女の子と5BB男の子。

センシティブな話ですね。



若い頃から子供を育てる事を望んでいた

私にとって、2人目3人目の可能があるなんて、

嬉しくて仕方のないことです。


妊娠前は精神的にしんどかった。

妊娠中は肉体的にしんどかった。

出産は痛みでしんどかった。

出産後は後遺症がしんどい。

慣れない子育ては身体がしんどい。


それでも本音を言えばもう1人赤ちゃんが欲しい。


ただ、現実は厳しいのかな…

我が子が20歳の時、私は70手前。


高齢で出産したわけなので当然のことですが、

体力的な事や将来の金銭面など、

現実がのしかかってきます。


相方は何となく答えを濁してる様子。

私が悩んでるんですから、

相方がそんな感じなのもわかります。


ひとまず胚盤胞の破棄まで半年間の

猶予をもらいました。


精子は破棄します。

というか精子が保存されていることを

知りませんでしたけど。

当然のことです。

卵子提供で産まれた息子には

私の遺伝子は入っていないので、

当然私には似ていません。


台湾の卵子提供ではドナーさんの写真を

見ることは出来ません。

クリニック側がこちらの条件と希望を加味した上で、

雰囲気が似ている方を選んでくれます。


クリニックを信じるしかないのです。


妊娠中、色々なブログやSNSを目にしました。

正直、不安になったこともありました。

周りの目を気にしてしまうかも知れないなんて

想像をしてみたりもしました。


産まれた直後はお猿さんでしたので、

何も思うことはなかったのですが、

日にちが過ぎ、顔立ちがはっきりしてくると

よくわかります。

   


相方にそっくり。

愛おしい。



息子が初めて私のお乳を吸った時、

オキシトシンが出てくるのを感じました。

胸元から込み上げるように湧いてくる

今まで感じたことのない感覚。


似ていようが似ていまいが、関係ありません。

愛しい我が子に変わりはないのです。



息子の半分は台湾の血が流れています。

初めての海外旅行は台湾にしたいと思っています。

お世話になったクリニック、

台湾の神様にお礼に行くつもりです。



羊水から母体の遺伝子が赤ちゃんへ移るそうです。


お腹が空いた時の癇癪、毛深さ、

寝る体制へのこだわり、まつ毛、音楽好き…

私に似ています。

2日間のリフレッシュ期間を経て迎えた

陣痛促進剤3日目。 


中1日でも休憩を挟むと促進剤が効きやすらしく、

それを信じて陣痛室へ。

子宮口3cmからの点滴スタートです。


午前中は特に変わりなく、またも不発かと

思い始めた頃、確信が持てないほどの

優しい痛みの波が来て、それがじきに強くなり、

本格的な陣痛スタートとなりました。


その後、声が出てしまう程の痛みが容赦なく

襲ってきて、麻酔待ちの数十分は耐え難い

ものがありました。

その時点で子宮口8cm。

麻酔無しで出産された方は本当にすごいと思います。


その後麻酔が効き始め、イキむこと3時間、

大きな男の子を何とか下から

無事に産むことが出来ました。


産まれたと同時に泣き始め、

抱っこさせてもらった時には目も開いている、

元気な元気な子です。


出血が多く、なかなかの貧血になりましたが、

母子共に元気に出産を終えることが出来ました。


励まし続けてくれた助産師さん達、

身の回りをやってくれた看護師さん達、医師、

何より立ち会って私と共に号泣していた相方に

感謝です。


卵子を提供してくださった台湾の方、

卵子提供クリニックの先生やスタッフの方々、

どこそこで買ったお守り達… 

みんなみんなに感謝です。


そして、卵ちゃんから宿り、10ヶ月間かけて

私のお腹で成長し、頑張って出て来てくれた息子に、 本当に感謝です。



産後は軽度ではありますが、それなりに

トラブルに見舞われ続けています。


諸々回復が遅いのは年齢のせいもあるだろうと

半ば諦めてはいますが、疲労と寝不足が思い切り顔に

出て、目も当てられない感じになってます。


あと、両足に麻痺が残っています。

原因がよくわかりませんが痺れと痛みがあるのが

引っ掛かるところです。



産まれて終わりではありません。

ここからがスタートです。


と、言われました。

もちろんそうです。


ただ私にとって、産まれて来てくれた事は、

これまでの不妊治療道の区切りなのです。


不妊治療記を綴ってきたこのプログも

そろそろ終盤です。



妊娠中、お腹に毎晩のように歌っていた

「ゆりかごのうた」を、本人に直接

歌ってあげられること、感動で胸が震えます。

涙腺崩壊中です。