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妊娠発覚してから、前回のこともあったからなるべく必要な時以外動かなかった。
常に横になって、妊娠反応から10日以上過ぎるのを待った。
動かなかったせいか便秘になるし、何か起こるかもと思ったら踏ん張れないしでひどい便秘に悩まされた。
そしてそろそろ病院いこうかなと思ったある日、再び悪夢の瞬間が…
また、血。
なんで?どうして?
そんな思いで前の病院に連絡。
まだ受診してなかったせいか、時間外は見れませんとのこと。
泣きながらアケちゃんに連絡。
アケちゃんの友達が迎えにきてくれて知り合いの産婦人科につれてってくれた。
そこで初めて見てもらったら、週数は8週くらいなのに赤ちゃんが大きくなっていないこと、心拍も見られないことを丁寧な説明で告げられた。
またか…なんで…
そんなことしか考えられずまた涙でいっぱいになった。
そして、明日また一応診察してみましょうとのこと。でも望みは薄いと。
そして前回の流産のことを告げ、もしかすると不育症ではないかと。
初めて聞く言葉にハテナだらけ。
そしてまた丁寧に説明してくれた。
結果、二回までの流産なら三回目の妊娠まで様子を見ることが多いけど、そうは考えない。せっかくなら治療を含めてこれからに進みましょうとのこと。
すぐに紹介状を書きますので行ってみてはどうですか?と。
そして次の日、やはり期待も虚しく午後から手術に。
今回は子宮を広げる処置もあったからさらに辛かった。
そしてすぐ紹介状をよろしくお願いしますと伝えた。
というか、その時は本当に何が起こってるのかわからなかったし、まさか自分が子供をうむのにこんなに辛い思いをすると思ってなかったから、現実をなかなか受け入れられなかった。
うちの両親、とくに父が相当同じ思いだったらしい。
そして午後手術が終わり、その日のうちに帰宅。
今回の先生は腕がいいと評判で、その通りに前回より腹痛がなく。
心に穴があいたままだけど前よりは前向きにとらえられた。
術後の検診で詳しく話し合い、ワタシは大学病院へ通うことになります…
つづく……
常に横になって、妊娠反応から10日以上過ぎるのを待った。
動かなかったせいか便秘になるし、何か起こるかもと思ったら踏ん張れないしでひどい便秘に悩まされた。
そしてそろそろ病院いこうかなと思ったある日、再び悪夢の瞬間が…
また、血。
なんで?どうして?
そんな思いで前の病院に連絡。
まだ受診してなかったせいか、時間外は見れませんとのこと。
泣きながらアケちゃんに連絡。
アケちゃんの友達が迎えにきてくれて知り合いの産婦人科につれてってくれた。
そこで初めて見てもらったら、週数は8週くらいなのに赤ちゃんが大きくなっていないこと、心拍も見られないことを丁寧な説明で告げられた。
またか…なんで…
そんなことしか考えられずまた涙でいっぱいになった。
そして、明日また一応診察してみましょうとのこと。でも望みは薄いと。
そして前回の流産のことを告げ、もしかすると不育症ではないかと。
初めて聞く言葉にハテナだらけ。
そしてまた丁寧に説明してくれた。
結果、二回までの流産なら三回目の妊娠まで様子を見ることが多いけど、そうは考えない。せっかくなら治療を含めてこれからに進みましょうとのこと。
すぐに紹介状を書きますので行ってみてはどうですか?と。
そして次の日、やはり期待も虚しく午後から手術に。
今回は子宮を広げる処置もあったからさらに辛かった。
そしてすぐ紹介状をよろしくお願いしますと伝えた。
というか、その時は本当に何が起こってるのかわからなかったし、まさか自分が子供をうむのにこんなに辛い思いをすると思ってなかったから、現実をなかなか受け入れられなかった。
うちの両親、とくに父が相当同じ思いだったらしい。
そして午後手術が終わり、その日のうちに帰宅。
今回の先生は腕がいいと評判で、その通りに前回より腹痛がなく。
心に穴があいたままだけど前よりは前向きにとらえられた。
術後の検診で詳しく話し合い、ワタシは大学病院へ通うことになります…
つづく……
双子達を授かる前、ワタシは二回流産してる。。
2008年2月の始め、待望の妊娠反応が!
もう興奮して旦那に報告したのを覚えてる。
そして一週間くらいして受診。その時まだ4週5日くらいの大きさしかないなぁとのことで二週間後再び受診予定。
何も経験したことないワタシは大きさのことも何もわからないまま過ごしてた。
そしてのんきにイオンに行ってたある日、イオンでトイレに行くとパンツにオリモノ程度の茶色の血が。
んまぁすぐ消えるだろうと思ってた次の日、朝起きると鮮血が。
日曜だったけど電話したらすぐ来て下さいとのことで、診察。
初診から一週間少し経つのに小さくなってて、赤ちゃんのお布団も崩れかけてるし、血もとまらないとのことで
2008年2月17日午後流産処置。
もう何がなんだかわからなくてただひたすら泣いてた。旦那が親達に連絡してくれて、みんなが見守る中手術終わる。
麻酔かかる瞬間も覚えてる。20数えかけた時頭が白くなって気づいたら名前呼ばれて起こされてた。
それからも涙が止まらず。
その日は一日入院。
夜一人ぼっちになったらまた涙でてきて、隣からは赤ちゃんの泣き声。
もう一歩も動けなかった。
アケちゃんに、また赤ちゃんできるかなってメールしたの覚えてる。
そして一人になりたいようななりたくないようなで、いったん実家に帰って休んだ。
心が回復するのにだいぶかかったなぁ。
また、術後の経過見るために病院行くのが辛かったよぬ。
もうその時の自分は性格悪すぎてやばかったと思う。
一番大切な友達の妊娠も出産も心の中では喜べなかった。
最低な自分。
テレビのオムツのCMも見れず、道行く妊婦ばかり目につき、次々ある妊娠報告も悪魔の伝言みたいだった。
そして七ヶ月たった9月のある日、再び妊娠発覚!
つづく…
2008年2月の始め、待望の妊娠反応が!
もう興奮して旦那に報告したのを覚えてる。
そして一週間くらいして受診。その時まだ4週5日くらいの大きさしかないなぁとのことで二週間後再び受診予定。
何も経験したことないワタシは大きさのことも何もわからないまま過ごしてた。
そしてのんきにイオンに行ってたある日、イオンでトイレに行くとパンツにオリモノ程度の茶色の血が。
んまぁすぐ消えるだろうと思ってた次の日、朝起きると鮮血が。
日曜だったけど電話したらすぐ来て下さいとのことで、診察。
初診から一週間少し経つのに小さくなってて、赤ちゃんのお布団も崩れかけてるし、血もとまらないとのことで
2008年2月17日午後流産処置。
もう何がなんだかわからなくてただひたすら泣いてた。旦那が親達に連絡してくれて、みんなが見守る中手術終わる。
麻酔かかる瞬間も覚えてる。20数えかけた時頭が白くなって気づいたら名前呼ばれて起こされてた。
それからも涙が止まらず。
その日は一日入院。
夜一人ぼっちになったらまた涙でてきて、隣からは赤ちゃんの泣き声。
もう一歩も動けなかった。
アケちゃんに、また赤ちゃんできるかなってメールしたの覚えてる。
そして一人になりたいようななりたくないようなで、いったん実家に帰って休んだ。
心が回復するのにだいぶかかったなぁ。
また、術後の経過見るために病院行くのが辛かったよぬ。
もうその時の自分は性格悪すぎてやばかったと思う。
一番大切な友達の妊娠も出産も心の中では喜べなかった。
最低な自分。
テレビのオムツのCMも見れず、道行く妊婦ばかり目につき、次々ある妊娠報告も悪魔の伝言みたいだった。
そして七ヶ月たった9月のある日、再び妊娠発覚!
つづく…


