先日、女の子を出産し、その子はそのままお空へと帰っていきました。

19w0dでの死産です。

17週頃からおりものが水っぽい?と心配になり、妊婦検診とは別で診てもらったのですが、そのときは異常なし。

18週の妊婦検診でも、母子手帳に『順調です』という判子を押してもらい、おりものも問題ないとのことでしたが、念のため膣洗浄と膣剤をしてもらいました。
エコーで赤ちゃん狭そうだけど気のせい?
聞きたかったけど聞けなかった。
このとき聞いていれば運命は変わっていたのかな。

18w3dの夜中、息子を寝かしつけてから立ち上がったとき、やっぱりおりものが水っぽいのが気になる。

週一のペースで産院へ行っていたので、少しためらいましたが、何もなければそれでよし!ということで夜間診療に行ってきました。


土曜の夜間だからか?産院の先生ではなく、他の病院から来ている当直の先生でした。

リトマス紙のようなもので破水検査したところ、陽性とのこと。頭真っ白。即入院。

3日前、問題ないって言ってたよね?
水っぽいのが出てたの、17週頃からなんだけど。

とりあえず今日の先生はここの産院の先生じゃないからと、明日、ここの産院の先生に診てもらってくださいとのこと。

次の日、18w4d日曜日。
チェックプロムという破水検査をしたところ、やはり陽性。羊水も少ないとのこと。
夜中の間に色々調べてて、近くに羊水注入の治療ができる病院があると知り、転院したいと伝えた。
すると、日曜だから受け付けてもらえない。明日まで待っててと言われた。

18w5d

朝、院長の診察。
毎日毎日内診。
内診の刺激は良くないんじゃ?と聞いてみたが、実際に診てみないとなんとも言えないから、と。

結局昨日と同じく、羊水が少ないと言われた。

ここでやっと転院。
救急車で羊水注入のできる病院へ。


まずは血液検査。
その結果、白血球とCRPが多く、子宮とは限らないが、体のどこかで炎症しているとのこと。

チェックプロムの検査結果は100%ではないし、血液検査でも子宮の炎症とは限らないから、羊水検査をすることに。
その後、そのまま羊水注入をしてもらった。

しばらくして羊水検査の結果が出た。
羊水は通常透き通った黄色をしているが、私の羊水は黄色く濁っていたらしい。
細菌と戦った白血球が死んだもの、いわゆる膿のようなものだそう。
数値を見てみても、子宮内感染している可能性が極めて高いとのこと。

説明を聞いているうちに、注入した羊水が次々と出てきた。

羊水注入の治療は、子宮内感染していないことが前提。また、注入してもすぐに出てきてしまっては、効果は期待できないとのこと。

妊娠継続することによるリスク、子宮内感染から母体にも感染し、最悪は敗血症により命の危険性もあると説明された。
また、赤ちゃんが産まれたとしても、様々な障害が残る可能性が高いと説明された。
我々としては妊娠継続は極めて危険だと思うが、あとは夫婦で決断してください、とのこと。


私たちは正直、大きな障害をもった子を育てていく自信はない。
息子にも負担がかかってしまうのは、わかりきっていること。
でも、今はこの子は元気だ。
毎日お腹を蹴ってくれるし、週数相当に成長しているし、心臓も一生懸命動かしている。
もしかしたら、何も不自由なく産まれてきてくれるかもしれない。
僅かでも望みがあるならば、この子を諦めたくない。

主人と納得いくまで話し合った。
そして私たち夫婦が出した答え。
妊娠継続は諦める。

主人が言ってくれた。
私がいないと意味がない。
私の体を一番に考えたい。と。

一人では諦める決心が出来なかったから、その言葉に本当に救われた。


次の日18w6d。
子宮口を広げる処置。
物凄く痛かったし、この処置をすることで、赤ちゃんとのお別れが近づくんだ…と思うと、内診台で泣き叫んでしまった。

処置が終わり個室へ戻ると、窓から見える桜がとても綺麗だった。来年はこの子と一緒に見れると思っていたのに。

19w0d
2回目の陣痛促進剤を入れてから、本格的に陣痛がきた。
一回いきんだら、頭からするっと赤ちゃんが出てきてくれた。
赤ちゃんが出ちゃったと思った瞬間、悲しくて悲しくて泣きじゃくった。
主人も立ち会ってくれたが、一緒に泣いてくれた。
性別はここで知ったのだが、女の子。
私たちは出来れば女の子を望んでいたので、喪失感は半端なかった。

赤ちゃんを綺麗にしてもらい、初めての対面。
息子にそっくりの寝顔。
話しかけたら目を開けてくれるんじゃないか、と思うほど綺麗な顔をしていた。

赤ちゃんを抱っこしたり、主人と私と3人での写真を撮ってもらったり、手型と足型を取ってもらったりした。

次の日には退院。
5日振りに息子に会えるという嬉しさもあったが、もうお腹に赤ちゃんはいないんだ、私は人を殺してしまったんだ…
様々な感情が入り混じっていた。



長くなったので、退院後のことはまた別で書きます。