私は、人並み以上に怠け者で、人が見ていないところではいつもどうやってさぼるか考えているような人間だ。


何事も中途半端、目標を立てる事だけ一人前といったところ。


娘を妊娠したくらいから、親になるのにこれではマズイと焦りだし、自己啓発本を読み漁った。


しかし、中には素晴らしい本もあったが、その時満足して終わってしまうだけで相変わらずぐうたらな私がいるだけだった。


しかし、この一か月、毎日のタスクや勉強などやるべきことを終わらせ、きちんとした充実した生活を送れるようになってきた。


自分でもびっくりしているが、私のぐうたらぶりをよーく知っている夫が一番驚いており「生まれ変わったよう」と驚いている。


流産を経て、命という時間の尊さを痛感し、根本的な考え方が変わり、先延ばしをしなくなったのが理由だと思う。


1. 目の前の負の感情に流されないで、長期的なスパンで考える。


私は、たとえば皿洗いが嫌いで、汚れたお皿がたまっても「めんどうでやりたくない」と始める前からうんざりしていた。そして、「疲れたから後でやろう」と言い訳して、ぎりぎりまでやらなかったり。


しかし今は「終わったら心もすっきりして軽くなる」、とタスクが終わった後のポジティブな気持ちに目を向けるようにした。


目の前の感情に振り回されるのは幼児性の証で、大人の考え方とは言えないそうだ。


2. 嫌なことを考えそうになったら、客観的に自分を見つめる。


家にいる時間が長いと、過去の嫌な出来事をうじうじ考えてしまったり、未来の事に思い悩んでしまうことがある。


そんなことで時間をロスしたくないので、客観的に「また私はは無駄な事を考えて、時間を無駄にしようとしているな。」と考えると、とたんにばからしくなりやるべきことに取り組める。


この二つの考え方が自分には合っているようだ。引き続き実践したいと思う。


ローマの思想家セネカによって、紀元前に書かれた古典「生の短さについて」には、「我々にはわずかな時間しかないのではなく、多くの時間を浪費しているのである。人間の生は、全体を立派に活用すれば、十分に長く、偉大な事を環椎できるように潤沢に与えられている」とある。


その浪費を防ぐためには、「ただちに生きよ」。


「先延ばしこそ、人生の最大の浪費なのである。先延ばしは、先々の事を約束することで次の日が来るごとにその一日を奪い去り、今という時を奪い去る。生きることにとっての最大の障害は、明日ということに依存し、今日という時を無にすることである」とある。


結局今も昔も人間の業は共通だ。セネカの言葉を胸に一歩一歩ゆっくりでも精進できたら、と思う。