決戦の時から流れ行くは三度の春を越え、暦の上では眩しい太陽が照りつける初夏を迎えていた。頭上には突き抜ける澄んだ青が広がり、その下には緑の大地と咲き誇る花々が色を添え、世界には光が満ちていた…筈だった。しかし、そこは空と言うにはあまりにも程遠いく、途切れる事のない厚い雲が空を支配していた。僅かに届く光では草木は育たず、世界の至る場所が不毛の地となっていた。

世界で二番目に大きな大陸ミルガイア。その西海岸のほぼ中央から三十キロほど内陸に在る町サイケルン。この町も例外なく不毛の地となっていた。


                                                                                                                                                                                                   

しかし、その不毛の地が突如として姿を変えた。老若男女関係なく多くの人間が地に伏せていて、千を越えるであろうその全ては既に魂が抜けている。僅か数分前にそして僅か数分間に大量の鮮血を吸った大地は見る見るうちに紅へと染まっっていった。町民の大半は逃げられたのだが、逃げ遅れた者や決死の覚悟を持っていた男達が転がっている。

飛び交っていた悲鳴が無くなり、辺りが静まり返ると重苦しい空気が空間を支配した。

だが息をつく間も無く凄まじい爆発音が空間を裂いた!それと同時に激しく大地が揺れ、土煙が辺り一面を覆い尽くしていた。

「クソ弱い人間が、遊びにもならねえ!」

土煙の中から太く低い男の声が聞こえる。

飛び散った小石が雨の様にパラパラと落ち、舞い上がった土煙が風に乗り、次第にその姿を現していく。

土煙が消え、その場所に在った町の一部が家もろとも跡形もなく吹き飛び、半径一キロ程にも及ぶ辺り一面が巨大なクレーターとなっていた。そして、そのクレーターの一番くぼんだ場所に一人の男が悠然と立っていた。

短く逆立った銀色の髪は目に見えない体を纏うオーラに揺れ、腕は野獣のように太く、筋肉はひき締まり、硬い拳を握り締めている。その鋭い目は見るだけで圧倒されてしまうほどだ。この世界を支配するに一番近い男。彼の名はライド。

そう、ライドは死んでいなかった。

「何じゃと!?」

「俺もその時代を生きた人間だ…そりゃ、ヴァルトナー一人の身勝手でお前が辛い目に遭ったのは同情するが…、辛かったのはお前だけだと思っているのか?」

「あぁ、みんなワシの辛さを知らず、助けてくれようともせずに逃げた挙句の果てに、ワシ等家族を悪としたのだぞ!」

「家族が囚われたから殺人兵器を創り出した?笑われたから人間を殺す?ふざけるんじゃねえ!お前が一番身勝手じゃねえか!」

その声は冷静な中で、猛々しく響き亘った。

「あの時のお前だけが辛かったなどと勘違いも程々にしろ!あの時、皆が辛い目に遭っていたんだよ!」

「ほざくな!お前達にあの時の想像を超える、過酷な現実が理解出来るか?!」

「出来るんだよ!お前のようにヴァルトナーに家族を囚われた者。力に屈して仕方なく従軍して戦死する者、それによって友や恋人を亡くす者、家族を失った者がどれだけいたと思う?その時お前は助けたのか!?」

その問いにグレスは表情を変えず、何も答えなかった。

「悲劇はお前の想像など遥に超えていたんだよ!」

その怒声と共に右手に強く握り締めたサーベルを地面へと叩きつけた!

それがライドをさらに苛立たせた。

「イラつくなぁ。じじい、もう殺っちまうぞ?」

その言葉にグレスは一呼吸置くと、「まぁ…待て。」とライドを宥め、すぐに話を戻した。

そのグレスの行動にライドは舌打ちをするが、それと共に人間へのものとは違う苛立ちを覚えていた。

「では聞く。お前達は正義の為に戦っているのだろうが、正義とは一体なんだ?人を助ける事が正義か?人道に背かない事が正義か?」

「そうだ。力有るものが守り、助ける。それが正義だ。」

「では家族を守ろうとしたあの時のワシの正義はどうなる?ワシは正義を貫き、仕方なく人を殺して、悪の名を着せられ、愛する家族を笑われながら殺されたのだぞ!お前にその気持ちが分かるか!お前の言う正義など都合の良い戯れ言だ!」

「違う!今のお前のやっている事など正義ではない!自分の非力を他人のせいにして悪を正当化いるだけだ!」

―何処からともなく吹いていた風は次第に強さを増し、空一面に浮かぶ雲はその場から逃げるように速く流れていく。これから来るその時を知らせるかのように…。

「罪のない家族を殺されて、正義ではないなどと言われたくないわ!人間など滅びてしまえ!」

―時はその足を止める事は無い。

ライドは自分よりも小さな体の、血が頭に上っているグレスの肩に腕を掛けると耳元に顔を近づけて問いた。

「くだらない言い争いは終わりか?」

グレスが小さな声で答える。「あぁ、殺っていい。」

それを見たレオが仲間へ視線を送ると、四人は視線を返し臨戦態勢をとった。

「お前等!お楽しみの時間だそうだ!」

ライドが部下らしき二匹に命令を下す。

だが、正装に身を包んだデュールは聞こえているのか、目を瞑ったまま微動だにしないでいる。そしてもう一匹は人間の死体の足を掴み、引きずりながらケラケラ笑い、レオ達の方へ歩み寄っていく。

ライドは人間との圧倒的な力の差を見せ付けるべく、挑発するように両手を広げ、辺りを見回して言った。

「お前等もすぐに仲間に入れてやるよ!」

レオ達の視界には否応なしに人間の死の姿が入り込んでくる。レオは怒りで体が震え、理性を失いそうになっていた。

「時間の無駄だな。殺したいならさっさと掛かって来いよ!」そう言ってライドは手で小さく挑発した。

「言われなくても殺してやる!」

「それだ!それが人間の本性だ!」殺気立った人間に触発されるようにデュールもいきり立って奇声を上げ迎え撃つ!

「みんな行くぞ!」

レオの合図で皆は声を上げそれぞれにデュール達に斬りかかり、光が放たれ魔法が飛び交った!

人間の張り上げるその声は、光を遮る雲を切り裂くが如く響き渡った!そして…

「ワシは囚われた家族を取り戻そうと、国の為に…いや、国王ヴァルトナーの為に仲間の研究員と共に殺人兵器を創り出す事に没頭した。戦争で人が生きようが死のうが関係無かった。」

「まさか…」その場で唯一の女が話しに割って入ってきた。「ラルグストの奇才と言われた科学研究員の一人、グレス博士か?」

「…ほーぅ。」そう言って白髭をさすりながら目を細めた。「若いのにワシを知っているとはなかなか感心なお嬢さんだな。」

「あなたの顔に見覚えがあると思ったけど思い出したわ。昔見たラルグスト大戦の資料にあなたが載っていた。他の研究員と共に。だけどなぜ?処刑されたはずでは…」

その言葉にグレスの顔色が急変した。

「あぁ、その通りだ!」

そう強く言葉を発すると、グレスは思わず感情的になった自分に少し驚いた表情を見せた。そして次々に勢いよく出そうになる言葉を呑み込むと、少しの間を空け、言葉を選びながら淡々と話を続けた。

「その通り…なのだが、ちょっとだけ違うな。やはりおぬし達も世界政府に騙されてきたか。」

「どういうこと?」

「十三年…。五十万人を超える死者を出した長きに渡る戦いの末に、ラルグストは連合軍に圧倒的な力の差で負けた。」グレスは女に問いかけるように言った。

「そうね。」

「だが、ワシは喜んだ。戦争は終わり囚われていた家族と平和に暮らせると思っていたからだ。その時までは…。」

「その時までは?」女が輪唱するように聞いた。

「あぁ…。程なくすると、人間達は戦争の責任の擦り合いを始めたのだ。当然、殺人兵器を作り出していたワシ達研究員にもその罪が降りかかってきた。大罪が…な。ワシ達は事情を説明し、無罪を主張したのだがそんなもの通る訳も無く、人間達は自分達だけの正義を正当化してワシ達に死刑の宣告をしたのだ。お嬢さんの言う通りワシは処刑される事となった。…人の想いなど儚いものだ。」

その場に居る人間は皆、耳をソバ立てて居るが、ライドを初めとする三体のデュール達はつまらなそうにしている。まるで興味がないようだ。仕掛けてくる様子は無いが、レオ達は気を抜かず注意を払い続けていた。

グレスの話は続いている。

「…犯した罪に苛まれ、これが運命だと言い聞かせて、家族の幸せを願い、ワシは罪を受け入れた。そして、これで全ての争いが終わると思っていた。だが…人間は何処までもワシを裏切り続けた。ワシへの極刑に飽き足らず、罪を無理矢理に家族にまで着せると、それがまるで当然のように、公開処刑したのだ。これから地獄へ行こうというワシの目の前でだ!」

グレスは拳を強く握り締めた。

「それは自分が死ぬ事よりも辛かった…。」

ライドは終わらない話に苛立ち始め、体躯の細いデュールはグレスの後ろの方でケラケラ笑いながら死んだ人間を弄んでいた。

「民衆はと言うと、まるで祭りのように喜び楽しんでいた。それを目の当たりにしたワシは狂乱し、精神は崩壊した。その時だよ、世界中の人間を殺してやろうと思ったのは。」グレスは憎悪を露にし、レオを睨みつけて言った。

「簡単ではなかったがワシはすぐに脱獄し、誰も知らない所へと身を潜めた。光の届かない場所へ。しかし、世界の政府の人間共はワシが逃げたことを一切公表しなかった。」

「何ですって?じゃあ、その時の処刑はいったい…」

「恐らく政府は力を見せ付け、威信を誇示したかったのだろう。ワシは絶対なる悪とされていたからな。逃げられたとなると、大規模な騒ぎとなり、混乱が起きる可能性もあった。それを避けるために政府の人間共は、代わりの犯罪者をワシに仕立てあげると、見せしめの処刑を執行した。そして、その後で私を密かに追い続けていたのだ。」

「そんなまさか?」

「そのまさかだよ。お嬢さんは大戦の資料でワシの顔を見た事があるのだろう?この右目の傷を。これが現実だ。」

女は出てこない言葉を捜した。それは世界政府に、人間に対する疑念の表れであったことは間違いなかった。

「…あれからちょうど二十五年。人間は過去の事を忘れたかのように自分達だけ平和に生きていた。これから地獄となる事を知らずに。」

グレスの話は半信半疑だが、小さな疑念は人間達の信念を僅かに揺るがした。心の中には小さいが戦いに対する疑心が生まれていた。今、この場所に居る意味とは…と。

「他にも逃げ出した仲間がいてな、ワシ等は光を閉ざした空白の二十五年で新しい生命を創り出した。」グレスは左手を広げ、右手を胸に当てた。「それがこいつ等だ。ワシも含めてな。こいつ等は人間よりも正直だ。奪いたい時は奪い、殺したい時は殺す。殺るか、殺られるかだ。分かりやすいだろ?」

レオは抱いた疑念を振り払うようにグレスの馬鹿げた理論に声を荒げた。

「何が正直だ?ふざけるな!」

「ふざけるな?人間も同じではないのか?上辺だけの優しさに隠されているのは欲だけではないか。食、愛、支配、強奪、復讐、憎悪、殺戮。全てが欲ではないか!愛だ、恋だ、友情だと抜かすが欲こそが人間の本質だ!」

「違う!そんなものお前が勝手に作り上げた虚像でしかない!人間には、お前等には無い心がある!」

「その人間の心がワシ等を生み出したのだがな…。そうか。では聞こうではないか。お前が暖かな人間の心を持っているのなら今のワシを救ってくれるのか?」

―風が流れている。ただ静かに。

「…今のお前など、もう救う価値など無い!」

グレスは思わず空を見上げて笑った。

「笑わせてくれる。所詮、言葉など全てが偽りだ。」

その言葉の直後、レオの後ろの影が静かに動いた。それまで黙って聞いていたサーベルを持った男がほんの一瞬、熱くなっているレオを宥めるように視線を送ると、話し始めた。

「随分と無駄な人生を送ってきたようだな。黙って聞いていれば非力な己を熱く語ってくれるじゃねえか。それで?嘆きのストーリーはもう終わりか?」