- 前ページ
- 次ページ
家事って
自分の気分が良くて
整っている時は
更に気分が良くなる行為になる。
香り、音、色合い、空気、、、
5感が満たされる。
ズレている時は
何より苛立つ行為になる。
ご飯が出てくるのが当たり前だと思ってないか?
掃除洗濯わたしばっかりやってないか?
これってずっとこのままなの??
こういうマインドの声が濁流みたいに押し寄せて
洗濯干しながら
料理しながら
今に居ない。
不満が渦巻く
頭の中の幻想に入っていく。
重労働の割に外からの対価はほぼない。
たまの「ありがとう」くらい。
だけど
だからといって
やらないと気が済まない。
脂多くて味濃い男飯ばかりでは嫌だし
洗濯が湿って何日も置かれていた方がストレスが溜まる。
時々、ご主人やパートナーに対して
期待しない、
諦めた、
というワードを聞く事がある。
良い悪いではなく
この思考、私はあまり好きじゃなかった。
私にはハマらなかった。
この言葉を使うと
相手への尊敬が
どんどん薄れていく気がして。。。
私は
ズレたーーー
家事しよ!!
って思いたい。
家事が私を正位置へ戻す
「神事」になったら1番いい。
今の私の大きい望みだ。
言いたいことを飲み込む癖
気づいたら幼い頃からそうだった。
優しい言葉や嬉しい感情は出せるけど
嫌なこと
相手を困らせそうなこと
悲しませそうなことは
いつも我慢して飲み込んでいた。
深く掘り下げていくと
根底には
「お母さんを悲しませたくない」があった。
本音を見ないと
現実は拗れていくと知ってから
自分だけは自分の本音を見て
それを許して受け止めることを繰り返した。
本音を自分に聞いてもらえるだけで
心は随分緩んで
現実は変わっていった。
彼と2人で暮らす様になり
出来るだけ言いたい事は
溜め込まない事を意識した。
私にしては
ちゃんと表現していたし
彼もそれに応えてくれた。
何ヶ月か経って
彼の仕事が忙しくなって
毎日終電近くで帰ってくる様になった。
疲れきって疲弊していく彼を見て
言いたい事が言えなくなってきた。
日常の生活の中で
大したことではないけど
辞めて欲しいこと。
変えて欲しいこと。
わかって欲しいこと。
「もう少し仕事が落ち着いてから言おう」
「こんな小さい事、疲れてるのに可哀想だから言うの辞めよう」
「時間に余裕がある私がやるべきだよな」
「今はやめよう」
そうやって
自分の本音、どうがいいのか?を無視して
飲み込んでいった。
だんだん身体が重くなった。
日常の小さな幸せを感じる感度が
鈍くなっている事にも気づいた。
身体はとても正直で
ちゃんと合図を送ってくる。
彼に対してイライラする事が多くなって
嫌な所に目が行くようになった。
「あぁ、実家帰ろうかな…」
この心の声で
あ、ずれ過ぎている…!って気づいた。
身体と呼吸を整えて
ノートとペンを出して
内にあるものを出した。
こういうのが嫌だ!
この態度が嫌だった!
悲しかった!
こうして欲しかった!
毒が出て
気持ちが少し軽くなってから
今度は今ある感謝出来る事を書き綴った。
相手に伝わる様に
エネルギーと言葉を整えて
素直に伝えた。
全部受け入れてくれた。
また、愛されている感覚と
世界の優しさを感じた。
私の思いが世界を創る。
私の思いが世界を現す。

