☆★経営コンサルタントかく語りき★☆

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人事コンサルタントでもあり、ISOコンサルタントでもあるわが国唯一の経営コンサルタント<湯浅哲彦>が、心に移り行くよしなしごとをそこはかとなく書き綴っていきます。

経営や人生のヒントになるのやら、ならんのやら・・・


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 1877(明治10)年の今日、東京の開成・医学二校併せて東京大学が誕生しました。大学で教える先生は言うまでもなく大学教授と呼ばれますが、しからば大学教授になるにはどのような資格が必要なのであろうか。


 「大学設置基準」によると、いくつかの資格基準があるようですが、その一つに「助教授経歴があり、教育研究上の業績がある者」とあります。


 そこで今度は助教授の資格の項をみると、「大学において3年以上の経歴」があればいいようで、助手は「学士の称号」を有する者、または「それに準ずる能力がある」と認められる人間なら誰でもなれる。

 

 要するに、大学の先生になるためには、まず大学を卒業していればそれにこしたことはないのでしょうが、それに「準ずる能力」がありさえすれば、助手を振り出しにして教授になることができるのです。

 

 保育園の保母さんから高校の先生までは教職員免状を持っていることが必要条件であり、その免状をもらうためには各種の試験をパスしなければならいのですが、大学教授になるためには一切の資格試験はありません。


 大学の先生に奇人変人が多いのも頷けます。

 工場などで不完全な製品ができると、これを「オシャカ」といいます。


 とうてい売り物にならない不良品だから「オシャカ」をなるべく出さないようにするのが工場経営の鉄則であり、当世風にいうなら「オシャカ」を最低に抑えるための手段として「品質管理」という手法があるのです。


 そこから派生してISO9001になるのでしょうが・・・。


 ところで、不完全品・不良品を何故「オシャカ」と呼ぶのだろうか?


 どうやら、これは金属工業の溶接工たちが作った言葉であるらしく「火が強かった」ために失敗してしまったということ。


 「火が強かった」を、ヒとシの区別がつかないお江戸言葉で言うと「シガツヨカ」ッタ、つまり「4月8日」となるのです。


 要するに他愛もない二段の謎かけの言葉遊びなのです。江戸の風流が偲ばれます。


 そういえば「オシャカ」という言葉は機械・電気などで使われ、繊維などでは使われていません。


 何故「4月8日」が「オシャカ」なのか。今日は灌仏会。お釈迦様の誕生日。


 604(推古12)年4月3日、聖徳太子は十七条の憲法を制定し、官吏が守るべきルールを明らかにするとともに、国家としての日本の存在意味をも明記したのです。


 これは日本における最古の成文法であり、このときから日本は新時代に突入した、と考えて差し支えないのです。実際、明治になって、日本が新国家の基本となるべき法律として、英語のConsitusionを日本語に訳するにあたって、すぐさまこの「十七条憲法」を想起し、これを「憲法」と訳することに決定した、という事実をみても、いかに聖徳太子が大きな事跡と影響を日本史の上に残したかがわかると思います。


 さらに旧聞に属する出しょうか、1万円札の肖像画として微笑んでいらっしゃいます。


 太子の事跡については、既に様々な知られていますが、一つあまり知られていない歴史上の仮説があります。


 それは太子についての伝説にキリスト教の影響があったのではないかと、という仮説です。


 まず第一に、太子はその別名を「ウマヤドの皇子」というのは周知の事実でしょう。要するに、太子はウマヤドでお生まれになったということです。キリストもまたウマヤで生まれたということになっている。時代も場所も明らかに違うけれども、これは偶然の一致にしてはあまりにも酷似し過ぎているようなのです。


 第二に、キリストの生誕日として祝われるのは言うまでもなくクリスマスだが、この行事が行われる12月25日は、日本ではいみじくも太子講の日。これも出来すぎた話ではないでしょうか。


 もちろん、聖徳太子がキリストの再来であるというつもりは毛頭ありません。しかし、キリストを巡る伝説が日本に輸入され、聖徳太子伝説と融合した、というのはあり得る話です。


 というのは、かつてネストリウス派のキリスト教徒たちは教義上の論争から中近東を離れ、はるばると大陸を横断して中国に達し「景教」という名で布教活動を続けていたからです。


 それがさらに海を渡って日本に伝わったとしても不思議ではないでしょう。とにかく、東西の二人の聖人は、どういうわけかウマヤで出生しているのです。


お昼はインド料理店へ行きました。


場所は南海高野線金剛駅の西側にある「ハムラジャ」で、ラジャランチと言います。


写真のラジャランチを食べたのですが、なかなか美味しかった。


これでお腹いっぱいになり、830円也はお得でしょう。








既報の通り、自分は入院していましたので、入院中に差し入れてくれた本を紹介します。

まず、一番左から村上春樹がラブストーリーを訳したアンソロジー「恋しくて」、あとの3冊は丸谷才一の本です。

「笹まくら」「夜中の乾杯」「深夜の散歩」・・・


「恋しくて」の中では、村上春樹自身が訳した「恋するザムザ」が自分としては好きです。


村上自身、このアンソロジーの中では「ジャック・ランダ・ホテル」と「モントリオールの恋人」が、小説的にも恋愛的に見ても、間違いなく上級者向けの恋愛小説だろうと訳者あとがきに記していますが、自分にはどうも恋愛経験が足りないのかどうなのか、もう一つピンときませんでした。


「笹まくら」は先の大戦での徴兵忌避者の話で、「笹まくら」とは、「旅寝」・・・かさかさする音が不安な感じ・・・やりきれない不安な旅。戦争中、徴兵を忌避して日本全国に逃避の旅を続けた杉浦健次こと浜田庄吉。20年後、大学職員として学内政治の波動のまにまに浮き沈みする彼。過去と現在を自在に往きかう変化に富む筆致を駆使して、徴兵忌避者のスリリングな内面と、現在の日常に投じるその影を見事に描いて、戦争と戦後の意味を問う秀作。


「夜中の乾杯」・・・チャップリンとダリのヒゲは、どう違う。何故関東では豚肉なのに関西では牛肉なのか、源頼朝エイズ説、「ロビンソン・クルーソー」のデフォーは危険思想家だった・・・。

例によって、博引傍証、古今東西の人物のエピソード、ゴシップから手品のように人生の英知を引き出す甘口辛口の極上エッセイ集。


「深夜の散歩」・・・これは雑誌「エラリー・クイーンズ・ミステリー・マガジン(EQMM)」に連載していたものをまとめたもの。福永武彦と中村真一郎との共著で、福永が最初の18回を、次に中村が15回を、最後の15回を丸谷が担当している。