その間、ある話を聞いた後で、母の愛についてのことはすっかり分かってきている。

その話はあるおばさんがオレオレ詐欺の電話をクレタことだ。そのおばさんの息子さんは二年前になくなっていたので、すっぐさぎだとわかった。けれど、電話の声は息子さんのに似ていてたまらない。おばさんはずっときていたいと思っていた。

犯人はあれこれ言っていた、彼女は静かに聴いていた。だけどいつまで経っても、「おかねをはらう」をいわず、それなのに電話を切ろうともしない彼女に犯人は不思議がり始めたので、彼女は仕方なく事情を話した。

最後に、彼女は「最後にもうちょっと声を聞かせてほしい」といったところ、電話の相手はちょっと考えたように間をあけた後。

「これまでも元気でかんばれよ」といって電話を切ったそうだ。

彼女は電話をかけた間、どんなことを思い出したがしられない。でも、昔の息子さんとのうれしいことやうれしくないのをおもだしたたろうとおもっている。自分の子供にあげたやさしさはほかの人にあげられるのが、つもり母の愛という人間のありがたいことだとおもっている。

人々はいつも「母の愛は一番大切だ」という。わたしはそうおもっている。母はずっと優しさをくれて、笑顔をくれる。しかし、自分の大切な人に心配されないために自分の悲しいのを隠す、一人で負う。それが我々が大人になっても、母の苦しむが分かれない。

うちに帰ったとき、母に優しさをあげるのが我々のすべきことで、母のくれるやさしさを忘れようにしないと思っている。